第二章 飛騨の中の白川郷

「水沢さんの家も合掌ですか?」

「実家はそうや。実家は合掌やったで養蚕が出来て。それで高校まで出してもらえたんや.

でも、その後は婿に行ったで、今の家は合掌やないで」

「おまえの実家は馬狩(まがり)にあったもんな」

 河田は楽しそうに笑った。水沢は河田の笑いを耐えるように聞いている。マガリ? それはどこのことだ? 何で河田は笑うのだ? 河田はそれを説明するかのように、

「オレたちゃ、馬狩には天狗がいるって聞いとったなあ」 

と言う。水沢は弱々しく笑いながら答える。

「いやー、馬狩はおぞい(粗末な、劣った)ところやけど、天狗はおらんて」

「大窪池には大蛇がおるって言うしよ。おぞいなあ」

「おらんてえ」

「小学校で遠足に行くって行ったんや、どこやと思う? 馬狩やもんな。おまえは、自分の家に遠足に行ったんや、ガハハハハ」

「ああ、そやねえ」

いよいよ水沢は気弱く笑う。何となく、都会の荻町の子供が田舎の馬狩をバカにしている感じだった。秘境の中でも序列?があるのが面白く、篠原はこれも取材しよう、と思った。

「小学校で、馬狩の子はイナカモンってイジメられていたんですか」

「そや。女の子に蹴られたこともあったんやさ」

「馬狩の他にも、イジメられるような田舎ってあったんですか」

「一番おぞいのは加須良(かずら)やな。加須良はおぞい中でもおぞいな。次は牛首、馬狩はその次やなあ」

 二人は答えた。おぞい中でもおぞい加須良とはどんなところだったのか?

「もう、今はみんな離村して一軒も残っとらんよ」

「そこも合掌造りの家だったのですか」

「そや。大きい合掌ばかり六軒。三軒は合掌造り民家園に移築しとるで、見れるよ」

加須良は昭和四十三年に集団離村したそうだ。離村の理由は、冬になれば雪に閉ざされ陸の孤島になってしまい、病気になっても医者にもかかれないという、あまりに不便なところだったから、ということに尽きるようだ。