誉さんと私は、今度の土曜日に待ち合わせの約束をした。つまり、デートだ。

両親には、本当のことは言わなかった。私が「デートをする」というと、きっと大騒ぎをして、一緒についてくると思う。心配とかよりも好奇心で。それでは、せっかくの初デートが台無しだ。

着て行く服は、もう決まっていた。紺色でギャザー飾りのAラインワンピース。これは、二年前にお母さんが買ってくれた私のお気に入り。そして、誉さんが、これを着ている私を見て、「きれいだ」と思ってくれた服。初デートは、これしかないと思っていた。

いつも私が待っているバス停に行くと、「新垣! 新垣美和子(あらかきみわこ)を県初の女性知事に」と、けたたましいほどの音量で支援を呼びかける声が響いていた。その音を掻き分けるように「由紀さん!」と呼ぶ声。

誉さんが先に来て待っていてくれた。点字ブロックの先に待つ彼の元へと歩く。バージンロードって、こんな感じかな? この先に、私を待っていてくれる人がいると思うと、足取りも軽くなる。

まずは、近くにあるカフェに入って、お互いのことをもっと知ろうということになった。

レジで飲み物を注文する誉さん。私は、外食することは殆どない。目が見えないからメニュー表や見た目でおいしさが分からない。誉さんが、

「由紀さんは、何を頼みますか?」

と訊いても、

「よく分からないので……」

私は、嘘をつく。私が好きな飲み物はレモネード。

このお店にあるのかないのかが、分からない。だからといって、メニュー表に書かれているものを全部読み上げてください。とは言えない。だから、私はこう答えた。

「あまりこういうところに来たことがないので、ごめんなさい」

そう言うと、誉さんが、

「ココアなんてどうですか?」

と気遣ってくれた。

誉さんがココアとカフェモカを持って、空いている席に私を案内してくれた。

「バス停で、まさか県議会議員が県知事選挙の街頭あいさつをしているとは、思わなかったから、由紀さんに会えないんじゃないかと心配していました」

誉さんはカフェモカを啜りながら言った。

【前回の記事を読む】「ここの席、空いているよ」一カ月も経っていたのに…彼の声にドキドキが止まらない