ところがベルトサンダーに木材を当てていくと、割と簡単に、かつ自分で調整しながら形をつくることができるので、「自分にもできる」「かっこいいものができる」というのが子どもたちの制作意欲のようなものを刺激したのでしょう(ヤスリがけには、もしかしたら、子どもたちが普段は感じることのできない感覚があるのかもしれません。やっただけ「美しく・心地よく」なり、成果も感じられます。シンプルな作業ですが、失敗も少なく、指先の器用さも鍛えられて、誇らしい瞬間でもあり、子どもたちなりに有意義な活動であると感じるようです)

もちろん、ペーパーナイフといってもナイフですから安全への配慮は必要です。完成したナイフは教員側で丁寧に預かり、しかるべきときに返却するといった方法をとりました。

同じような話で、スチロール板を用いて「家の間取りを考えて、その模型をつくる」という教材を用いたことがあります。これも「簡単に加工できる素材であるため、試行錯誤を短時間で繰り返すことができる」ことが魅力的だったようです。

この教材も技術科で用いたのですが、「子どもたちが授業開始前に、勝手に準備室からキットを出して、前の時間の続きを作成していた」ということがありました。当時の私は「面白い教材だったからそうなったんだな」と単純な感想をもっただけで、特にその要因の分析も行わなかったのですが、今考えてみますと「自分たちで簡単に試行錯誤ができる」というのが大きかったのでしょう。

1-2 総合的な学習

我が国は戦後以来の努力によって驚異的な経済成長を遂げ、物質的な豊かさを享受できるようになりました。

しかしその反面、子どもたちのゆとりのない生活、社会性の不足や倫理観の低下、自立の遅れ、健康・体力の低下、学校生活への満足度の減少、過熱化した受験競争からの通塾率の増加等の変化や課題に際するようになりました。こうした状況確認の上で「これらの諸課題の根本的解決に向けた今後の教育はどうあるべきか」という投げかけがあります1)

同様に「今日の学校教育の課題は大きく、重い。その克服はこれまでのやり方では、およそ不可能であり、新しい発想が求められている。すなわち、我が国の学校教育は大きな転換期にさしかかっているということである」2)とも指摘されています。このことに関しては、さらに詳しく、以下のように述べられています3)

“いま、学校が問われていることは、多くが認めるところであろう。改めて指摘するまでもなく、今日の子どもたちの実態は、深刻である4)。その子どもたちを育てている学校は、これまでに経験したことのない困難な課題を背負いこんでいる。学校大変の時代だといってもよいのである。社会の変化に伴う様々な課題が学校にも押し寄せているのである。”


1)高浦勝義『総合学習の理論・実践・評価』黎明書房、1998、p.9.

2)中野重人・廣嶋憲一郎編著『自ら学ぶ「総合的な学習の時間」のつくり方』東洋館出版社、1999、p.7.

3)同上書、p.12.

4)著者は、いじめ、不登校、暴力等を指摘しています。