【前回の記事を読む】「男子生徒が毎年必ず自主的に行う行為」…中学教員が目撃した行動、その動機は?

1 変化の激しい時代に向けた教育

1-2 総合的な学習

こういった状況の要因として、以下のようなことが指摘されています1)

“学ぶことに具体性が失われ、本物をしらないままに、事物・事象を認識するという事態に子供は追いこまれた(中略)結果、学びは「抽象的、受動的、暗記主義」の教科書を丸のみする以外に、その手立てを失うという姿が当然となってきた。”

その学習には、学ぶ喜びは期待できないし、苦行と化し、機械的な暗記では身につかず、知識を生かす実践や行動の場もなく、ただ知識を頭の中に貯えて終わりという学習になったといいます。

そして、「こうした学びの過程を再編するには、あらためて認識の出発点であり、土台となる体験の回復が不可欠になってきている」2)と指摘しています。

これらの指摘は、およそ「総合的な学習の時間」の平成10年改訂の第7次学習指導要領への掲出、そして学校現場で実施されるころに発行されたものです。

本書は、それから20数年を経て(本来であれば、「総合的な学習の時間」がすっかり定着し、趣旨も浸透していると思われます)作成しているわけですが、ここで、「総合的な学習の時間」の導入期からの、その趣旨等について整理してみることにします。

総合的な学習のねらいは、「問題解決能力」や「学ぶ力」を身に付け、主体的に「生きる力」を育てること3)であり、また、「生きる力」とは、「知的には、過去の知識の記憶よりも『自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力』であり、情・意面では『自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心など、豊かな人間性』であり、さらには『たくましく生きるための健康や体力』であると規定」されていて、その育成が求められます 4)