「ここは……」

ふと気が付けば、蹴上(けあげ)を通り越していた。

安妙寺の教えてくれた場所まではもうすぐだったが、この先の山科(やましな)まで、見世物小屋などありそうにない山道だった。

「変だな……」

万条は首を捻った。

しかし、どうせヒマだった。引き返したところで、他にやることなどなかった。

投げやりな気持ちでのんびり歩いていると、その横を早足で追い抜く者がいた。それも、一人や二人ではなかった。

連れの少年に薬箱を持たせている者もいて、どうやらみな医者のようだった。

「どちらへ?」と、万条はそのうちの一人に話しかけてみた。

「解剖がある」

そう答えたのは、総髪の中年男性だった。僧衣姿ではないことから、蘭方医のようだった。万条は気になり、足並みを揃えた。するとその医者は、道々事情を説明してくれた。

これから京都在住の蘭方医向けに、解剖をやるとのことだった。場所は御一新で廃止された粟田口の日ノ岡刑場跡地で、少し前の二月八日、裏山に死体解剖所が完成したという。

日ノ岡刑場では一万五千人以上が処刑されたとも言われ、有名なところでは、天王山の戦いに敗れた明智光秀の遺骸が晒された。京都のキリシタンを斬首した記録も残っていて、江戸時代には毎年三回、それらが公開されていたのだ。

「人の腑分(ふわ)けをするのですか?」

万条がおそるおそる訊くと、蘭方医は真剣な顔で答えた。

「いや、今日のところは猿のや。でも、英国の学者のダーウィンによると、人と猿は共通の祖先から進化したちゅうことやから、五臓六腑がそっくりらしいわ」そのあと、道のすぐ先を指さした。

「ほら、着いたで──」

ちょうど二人は、死体解剖所の前に到着したところだったのだ。