第1部 政子狂乱録

三 亀の前の厄難

閑話休題、時代を平家から取り戻した英雄頼朝にも、さすがに色好みの資質は十分に備わっていた。(しな)高き男ほど(いく)たり人もの女と交わりを持つのは世の習い、彼の漁色行為も、閨の不自由を囲う女性たち(特に夫を失った男日照りの後家様など)への福祉活動でこれも、社会奉仕とも思っていたのではないだろうか。

聡明な政子であれば、その辺りの“男女の機微(きび)”は理解できるはずだが、おぼこ(まだ世間を知らない女性・まだ性的関係を持たない女性)で頼朝に嫁いだ身ではその辺りがまだ世間知らずであった。また、東国で早くから、一夫一婦制の嫁とり婚が一般的であったこともあり、政子にしてみれば、都のような一夫多妻の制度には理解ができなかったこともあったろう。

政子の悋気(りんき)を恐れた頼朝は、目立たぬように亀の前を飯島(鎌倉よりの部落)の伏見(ふしみ)冠者(かじゃ)(ひろ)(つな)の家に住まわせていた。彼女は良橋太郎入道の娘で、すべてに控えめで丸顔の目もとも涼やか、かたや政子の方は、色浅黒く、意思を曲げない引き締まった口元で細面、あらゆる面で正反対であった。このことを、父時政の後妻、お牧の方が知り、政子に告げ口したからたまらない。

「政子どのがご懐妊で大変なこの時期に、あろうことか佐殿が良橋太郎入道のお娘、亀どのとただならぬ仲と聞きまする。人の噂ではございまするが、亀どのは心がとりわけ柔和であらしゃり、しかも鈴を張ったような目のお美しい方だそうで……謹厳実直そうにみえる佐殿もあれで、中々隅にはおけぬお人よのう~」と。

お牧の方は、(とげ)を含んだ斜め目線で政子の表情を(うかが)いながら、さも同情の表情をうかべて(ささや)いた。それを聞いた政子はたちまち激怒、

「おのれ、痴女(しれもの)め~、一つ目にものをみせてくれん」

と、自ら鎌倉の隠れ家を探し出して、その申し開きを受けるため亀の前に折檻を加えることにしたのである。