第三章 異変

十五年前に救急車で運ばれた病院へ

高次脳機能障害とは、けがや病気により、大脳に損傷を負うことで、物忘れが多くなったり、集中して物事に取り組めなかったり、自分で計画を立てることができない、興奮して暴力的になったりと症状が出る障がいのことだと言う。これらの症状は、いつも出ているわけでなく、脳が疲れると症状が出やすいようだった。

「これまで、一人暮らしが多かったんですかね。この症状に気がつかずに十五年も生活してきたんですね。奥さんよく気がつきましたね」

医師の言葉から、今まで起こった不可解なことがすべてつながり、納得できた。緊張感と危機感しかなかった数か月間、残業で疲れた脳が急激に暴走して、暴言や暴力までになったということがわかった。

さらに、これまでの夫の不思議な行動を黒木先生に話してみた。

「違うかもしれませんが、アンプティサッカーの練習の集合時間に遅刻をするんです。好きなことでも遅刻するということもありますか?」

「そうですね。高次脳機能障害は、段取りが不得意なので遅刻をする人は多いと言われています」

「もしかして借金、お金の管理とかできないことありますか? カードを限度額まで使って、いろいろ足すと五百万円の借金があるんですが」

「そうですか……」

少し、間があった。

「後でわかるケースが多いんです。実はカードの残高は、手元にお金があるときと違って、通帳を見ないとわからないので、いつのまにか借金が膨らんで気がつくという話は高次脳機能障害ではよくある事例だといいます……。そうですか、そんなこともありましたか」

黒木先生の顔が少し深刻に見えた。私はこれまであったあり得ない出来事を続けて聞いた。

「税金や病院の支払いの督促状をそのままにしていたんですが、これも高次脳機能障害ですか?」

「今までの話は、すべて高次脳機能障害の症状から起こっていますね」

「そうなんですか……」

自分から質問したにもかかわらず、急な返答に、頭の整理がつかなかった。ただ……、解決の糸口が見えたかもしれないと思ったのだった。課題があるときには、必ず原因がある。その原因を見つけなければ、課題は解決できない。仕事で学んできたこの考え方からいくと、原因がわかれば解決できるはず。

このときの私は、このあと次々に起こる難題のことなど知りもせず、簡単に解決できる課題だと思っていたのだ。その後、研究対象を見るように夫を観察し、不思議な症状が起こるときは、記録をつけはじめた。めちゃくちゃたくさんのことをノートに記した。