第一章

明治五年二月(一八七二年三月)西洋の暦でいえば、今日は何月何日だったか──。万条房輔はふと気になり、記憶を呼び起こそうとした。明治維新が成就してから四年後、陰暦でいえば明治五年二月のことだった。

「確か、ひと月ほど、先になるはずだったな……」

万条はようやく思い出すと、ひとけのない路上で独りごちた。近代化を推し進めるために必死だった明治政府は、すでに一部で西暦を採用していた。換算すれば、今日は一八七二年の三月のはずだった。

その日、万条は京都の街を、ひたすら東へ向かって歩いていた。北野天満宮の梅の花も終わり、京都は再び花のない季節に戻っていた。鴨川沿いや、御室の桜が咲くのはまだ先で、空気は冷え冷えとしていた。

「これから京都は、どうなるのか……」

閑散とした街並みを眺めながら、万条はまた呟いた。京都特有の、どんよりとした曇り空が頭上を覆っていた。

(あわ)田口(たぐち)に、面白い見世物小屋ができたらしいで──』

幼なじみの安妙寺一久から、そんな噂話を聞いたのは、昨日の夕方だった。

「どうせ、子供だましだろう?」と、万条が興味のなさそうな顔をすると、安妙寺はにやにやしながら言い返した。

「まあ、騙されたと思うて、明日の昼にでもいっぺん行ってみい。もしかしたら、ええ気分転換になるかもしれんから」

ちょうど万条は、死ぬほどヒマだった。そのうえ、常に得体の知れない不安に苛まれていた。安妙寺はそれらを見抜いていたようだったが、万条はその言葉で気が変わった。騙されてやるのも、悪くないか、と──。

翌日、京都御所のそばにある万条家の屋敷を出ると、鴨川を見下ろしながら、三条大橋を渡った。春になれば、この鬱屈した気分を晴らしてくれるかもしれないと思いつつ、東山を目指した。

【前回の記事を読む】やや古びた手帳を取り出し語った「仰天するような先生との遭遇」