河津三郎の死 兄五歳・弟三歳

ふと見れば、横で一萬が(かぶら)()と馬の鞭を手にしている。それが、亡き三郎の愛用していた道具類であることに気が付いて、

「一萬……それは捨てなければならないのです。死んだ人の物を、幼い者が持っていてはいけない」

一萬は「父様の物です――」と首を振る。けれど、子供に不吉なものを持たせるわけにはいかない。何とかなだめて取り上げようと思って、

「なりませんよ、一萬、捨てなければ……。お前の父は仏となって、極楽という、それは美しい所にういらっしゃるのです。いつかは我らもそこへ行くのですよ」

「仏とは何です。極楽とはどこにあります?」

いかに利発とはいえ、まだ五歳の幼児。「極楽に父がいる」と聞いて、この世の場所と思って無邪気に喜んだ。

「母様、極楽とはどこです。そこに父様がいらっしゃるなら、連れて行って下さいませ。さあ、行きましょう。箱王、箱王、おいで。父様の所へ行こう」

幼い声の残酷な問いかけに、母は胸が詰まって返事もできない。祖父の祐親が横からそっと一萬の手を引いて、

「あれがそなたの父であるぞ」

と、卒塔婆の立ち並ぶ墓所を指差した。

「ああ、あそこに!」

と、一萬は鹿のような眼を輝かせて、

「箱王、一緒においで。あそこに父様がいらっしゃるのだよ」

言って、弟の手を引いて駆け出していった。

「父様――父様……」

弟と共に、林のごとき卒塔婆の中を、押し分け、押し分け、あちらこちらと歩き回る。

やがて、がっくりと頭を垂れて戻ってきた一萬は、

「おわしませぬ、どこにも……。父様は……」

と言うなり、祖父の膝に顔をうずめて、シクシクと泣き出した。

「オオ、一萬……」

愛しい孫の嘆きに、祐親も涙を禁じ得ない。

「お前らの父は、極楽へ行ってしまったのだ。わしらを置いて、極楽へ行ってしまったのだ…………」

その細い肩を抱き、(かえで)のような手を握りつつ、祐親は嘆いてばかりいられぬと心を奮い立たせる。

「ああ、これではいかん……。この子らを何とかしてやらねば。息子が死んだのは辛いが、それよりなお案じられるのは、残されたこの子らの行く末。祖父のわしが責任もって何とかしなければ……」

と、祐親は必死に考えていた。