第一章 晴美と精神障がい者

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中川営業部長から昨日のノートが晴美の机の上に置かれていた。晴美はノートを開けた。中川営業部長の感想が赤ペンで書かれていた。報告書を出さなくてはならないのは正社員の晴美一人だ。会社はそれなりに彼女に期待しているのが痛いほど胸にずっしりと伝わってくる。

〈多賀料理店を攻めよ〉とひと言書かれている。晴美もそう思う。昨日手応えがあったのはそこだけであったからだ。だが、あの緊張は何だろう。店長はタウン誌『ゴウジャイ』を隅から隅まで見てくれた。しかし、その店長の体からは沈黙の中に怖さを覚えるほどの凄味が出ていて、晴美の体に食い込んでくるのだ。が、その緊張感はそのまま晴美の体の中に留めておいて無視するように振舞わないとならない。多分、この店長とは長い付き合いになることだろう。

朝礼はない。みんなが揃うことは滅多にないほど、営業のみんなは悲壮感で溢れていた。ひと息つく間もない。パートの営業員は一ヵ月で広告を取れないと、馘首(くび)になるからだ。昨日いたパートはもういない。雇われて一ヵ月経つそうだが、小さい広告さえも取れなかったようだ。

晴美は目の当たりに見たそんな現実の掟に、「明日は我が身だ」と思わない訳にはいかなかった。就職して三週間が経とうとしている。晴美だって一ヵ月経っても広告が取れないと身を引かなくてはならない。それゆえに毎日が針の筵のようであった。

今ではメインストリートから少し離れた所を晴美は回っていた。割と店が点在していた。小さい花屋に入っていった。四月の花たちが、己の生命力を鼓舞するように咲きこぼれている。パンジー、スイートピー、チューリップなど。

「あなたもほら、私たちのように咲いてごらんなさい」と晴美に話し掛けているようであった。少なくとも、彼女は花たちを眺めているとそう感じた。店長に名刺と『ゴウジャイ』のタウン誌を渡して、

「どうですか。広告を出してみませんか」

と話し掛けた。今では晴美は慣れてきて、いや、少し強引さが目立つほどにすっかり度胸がついていた。店長は『ゴウジャイ』を立ちながら捲っていった。何か考えているふうにしばらく誌面を見つめていた――。

十分ほどして、

「これぐらいの広告だと値段はどのくらいするのかい」

と、指差しながら訊いた。その広告は白黒で横を左右というが、五センチ、縦を天地というが、三センチだった。カラーだと白黒の倍だ。晴美は直感で思った。脈がある――。