【前回の記事を読む】老人ホーム入居者から学んだ「人として、しっかりとお話を伺う姿勢」

第1章 入居者と暮らしを創る30のエピソード

3日目 認知症になっても心配し続ける入居者

ある日の朝、佐藤さんは正面玄関のドアを「ドンドン」と叩いています。私が、佐藤さんの斜め前に立って、いくらなだめても手を振り払うほど激しい行動を取るのです。「天気や気圧の影響があるのかな?」と思いつつ、その日の佐藤さんは一日中非常に険しい表情を浮かべていました。

そして翌日の佐藤さんは、また柔和な表情のいつもの佐藤さんに戻っていました。私としては「まあ、たまたまだな」くらいに軽く考えていました。

そしてひと月ほど過ぎたある日、また佐藤さんは前回と同様に、激しい表情で正面玄関のドアを「ドンドン」と叩いているではないですか。そこで、一体何が理由なのであろうかと少し離れたところから、佐藤さんの行動や言動を、じっくりと観察してみました。

その時分かったことは、佐藤さんは、よく黒いセカンドバッグを持って歩いているのですが、そのバッグを「激しく握り締めている」のです。

このような繰り返しが、約3カ月程度続いた月末の昼食時、スタッフから緊急の連絡がありました。

それは、「佐藤さんが2階のレストランの窓から飛び降りた」というのです。

私は、急いで階段を駆け上り、2階レストランに行ってみました。そして、窓から外に目を向けると、歩道を一生懸命歩く佐藤さんの姿を見つけました。

佐藤さんは、歩道を足を引きずりながら、駅の方面に向かって歩いているのです。

私は、老人ホームから駆け出し、すぐに佐藤さんを追いました。そして佐藤さんにやっとの思いで追いつくと、佐藤さんは脚をひどく骨折しているではありませんか。