三 シャチの来襲とお父ちゃんの死

カチカチッ! カチカチッ!

お父ちゃんは全力を振り絞って攻撃用超音波をデビルに当てた。そして体当たりを食らわせデビルがひるんだ隙に大きな口でくわえようとした。

下あごにしか歯のないマッコウクジラだからデビルを噛み砕くことはできないが、それでも噛めばかなりのダメージを相手に与えることができるのだ。

しかしデビルも負けてはいない。十本の足でお父ちゃんの身体を締めつけてくる。特に二本の触手の威力は相当なものだ。そしてお父ちゃんを深海に引きずり込もうとする。

タコの足の吸盤とイカの足の吸盤には大きな違いがある。

タコの足の吸盤は吸盤の中にまた吸盤があり、吸いつきやすくできている。これはタコがカニやエビなど主に表面が硬い甲羅で覆われているものを獲って食べるからだ。吸盤は表面が硬く平らな方が吸いつきやすいからだ。一方、イカの足の吸盤は、吸盤の中に歯が生えている。これはイカが主に身体の表面のやわらかい魚類などを獲って食べるからだ。

従ってダイオウイカであるデビルの足の吸盤にも歯が生えていて、巻きついた相手の皮膚に噛みついて穴を開けるのだ。また、デビルの十本の足には鈎爪のように鋭く大きなツメが生えていて、獲ろうとする相手の身体に喰い込むのだ。

シャチの群れに噛みつかれ、今またデビルの吸盤の中の歯に噛みつかれたお父ちゃんは全身傷だらけだ。それでも身体に巻きついたデビルに至近距離から超音波を浴びせた。たまらず足を放したデビルは態勢を立て直した。お父ちゃんは早く呼吸をするために海面に向かって垂直に浮上しようとした。

そうはさせまいとデビルは再び十本の足でお父ちゃんの身体に巻きついた。クジラという生き物がいつまでも海中に留まっていられないということを、デビルは本能的に知っているのだ。お父ちゃんはデビルに胴体を締めつけられたまま、強い力でデビルを引っ張りながら浮上しようとした。

しかしシャチの群れに襲われ、今またデビルと戦い、全身傷だらけで疲労が激しく、ミオグロビンの中の酸素の量もほとんど残っていないお父ちゃんは、巨大なデビルに巻きつかれたまま浮上する力を残していなかった。一進一退の攻防が続いた後、やがて力尽きたお父ちゃんは、デビルの強い力で海底深く引きずり込まれていった。

その時お父ちゃんとデビルが戦っていた場所にやっと追いついたハナコとお母ちゃん、お兄ちゃんは、

「お父ちゃーん! お父ちゃーん!」

と力の限り叫んだ。しかし、お父ちゃんは二度と戻ってこなかった。