一 マッコウクジラのこと、ハナコとその家族のこと

ハナコはマッコウクジラの女の子だ。お父ちゃん、お母ちゃん、お兄ちゃんといっしょに南の海で暮らしている。ハナコの家族のほかにいくつかの家族が集まって、ひとつの群れを作っている。

マッコウクジラはおよそ五年に一度、一頭の子供を産む。ハナコとお兄ちゃんも五歳違いだ。

マッコウクジラは家族や群れの絆がとても強く、子供のクジラは、家族や群れのみんなで大切に守り育てる。ハナコもお兄ちゃんも群れのみんなに守られて育ってきた。

一般にクジラの家族は母系家族で、血の繋がったメスとその子供達がいっしょに暮らしており、オトナのオスは単独行動を取るとされている。この単独行動を取るオトナのオスのマッコウクジラのことを『離れマッコウ』という。マッコウクジラは本来そのような生態であるが、ハナコのお父ちゃんは家族思いで、ハナコ達といっしょに暮らしている。

今日、ハナコとお兄ちゃんは、お父ちゃんとお母ちゃんからダイオウイカの獲り方を教わっていた。

ダイオウイカは水深五百メートルから千メートルの深海に棲む、その名の通り、巨大なイカだ。ハナコ達マッコウクジラはこのダイオウイカを食べるのだ。イカを主食とするマッコウクジラにとって、大きなダイオウイカはとてもご馳走なのだ。このダイオウイカを獲るために、ハナコ達マッコウクジラも水深五百メートルから千メートルの深海まで潜ることがある。

水深千メートルといえば、身体の表面積一平方センチメートル当たり百キログラムもの水圧を受け、鉄でできた潜水艦でもペッチャンコに潰れてしまうのだが、ハナコ達マッコウクジラはヘッチャラなのだ。

それどころか、オトナのオスのマッコウクジラは、三千メートル以上潜れるといわれている。特別な身体の作りがあってそのような水圧に耐えられるのだろうが、詳しいことはまだよくわかっていない。

もちろんそのような深海では太陽の光は届かず、南のきれいな海でも、五十メートル潜れば暗闇の世界だ。

なぜマッコウクジラは暗闇の世界でも泳げるのかというと、頭部の鼻のうと呼ばれる部分から超音波を出してはね返ってくる音を聴いて海の様子を知ることができるからだ。海底の地形やほかの生物の大きさや形はもちろんのこと、硬さまでも正確にわかるといわれている。こうして暗闇の世界でも泳ぐことができるのだ。