第一章 決心

誰かに頼って他人任せでは上手くはいかない。自分で考え、自分で行動し、自分で判断して生きて行かなければならない。人には生きている内でないと、叶えられない夢がたくさんある。それを叶えるためには、どんなに辛くても自分自身でいなければならない。何処かに逃げ込んだまま待っていたところで、夢が自分からやってきてくれることがあるだろうか。

自分でいることを止めてしまったら、大切な誰かをも不幸にしてしまうだろう。この二年の間にできなかったことを、郁子はやらなければならなかった。それは誰のためでもない、自分として生きて行くために必要なことだった。郁子はこの時、あることを決心した。

第二章 出会い

郁子はニコニコとよく笑うまだあどけなさが残るような、そんな女性だった。

朝は早くから起き春彦の好きなおかずの入った弁当を作っては、水筒と一緒に持たせてくれた。見送るときに抱き着いてくるのは後ろからで、そのくせ正面切って抱きしめ返そうとすると恥ずかしがって逃げ出した。そんな郁子が扉の影から言う「行ってらっしゃい」が可愛らしくて、春彦は毎朝にやけながら家を後にした。

二人は十年経っても、子どもには恵まれなかった。二年前に待望の妊娠をした郁子は、母子ともに順調だった。だというのに、そろそろ安定するはずの五ヶ月目に、駆け込んだ病院で告げられたのは流産だった。

郁子の夢は子だくさんの母親になることで、その待望の妊娠は春彦にとっても浮足立つほど嬉しいものだった。

気が付けばまだ越したばかりのマイホームの庭に、春彦はあっという間にブランコを作っていた。更には花壇をつぶして砂場にしたいというのだから、郁子もあきれるばかりだった。

やれサッカーだ、野球だと先走ってばかりのところを郁子に諫められた春彦は、派手に塗装しようと思っていたブランコにしぶしぶ腐食止めの薬剤だけを塗ったのだった。花壇の砂場化も当然延期だった。

郁子と春彦は、一時入院となった病院でその夜を泣き明かした。

新居に越してきてからの二年間というもの、この流産による郁子の不調に春彦は苦しめられ続けてきた。郁子の何がどう不調なのかは、誰にも話せなかった。専門の医師からは幼児退行の一種だと伝えられていたが、傍からみた郁子は相変わらずテキパキと家事をこなした。そしてニコニコとした笑顔で近所への挨拶すら欠かさなかった。

このことで何より耐えがたかったのは、郁子のその世界に春彦が存在しないことだった。そんな郁子のことを誰かに話せる訳もなく、二年もの間、折れてしまいそうな心と絶えず戦ってきた春彦の心は絶えず孤独だった。