第二章 出会い

この日は検査結果を聞いた後に、夜勤明けの亜希子と逢うことになっていた。春彦の胃から採取されたポリープは良性で、不調の原因は縞状(しまじょう)発赤(ほっせき)という胃炎だった。その医師は春彦から、服薬状況とその経過を丹念に確認した。結果は良好で、無罪放免を言い渡され春彦は、浮かれ調子でいそいそと会計を済ませた。

院内にあるそのカフェを春彦に教えたのは、他でもない亜希子自身だった。検査の帰りに偶然にも呼び止められたかと思えば、この約束を持ち掛けたのでさえ亜希子なのだ。同じ学校に通っていた高校生の頃ですら、春彦はこれほど近くで亜希子に接したことはなかった。たかだか数分のやり取りで、春彦が少々期待してしまったとしても、それは仕方ないことではないだろうか。

検査当日は慌ただしくもスウェットにパーカーでこの病院に駆け込んだが、今日の春彦は違っていた。朝から入念にシャワーを浴び、考えあぐねた末にカジュアルでも一応襟のある服装にして、足元は一番気に入っている革靴で決めた。その日、早めにカフェに入った春彦は、亜希子に分かりやすいようにと入ってすぐにあるソファー席に座った。その席からは、注文カウンターの前に配置された全ての席が見渡せた。

胃に悪いからと禁止されていた珈琲も無事解禁となり、春彦はカウンターで早くも二杯目の注文をしていた。この手のカフェには珍しく、ハンドドリップで淹れられた珈琲はなかなかのものだった。その香りを楽しみながら席に着き早速口にしようとしたその時、誰もいなかったカフェに女の子が一人入ってきた。

このカフェには、入口が二つあった。その女の子は、注文カウンターを挟んで反対側にある一般客用の入口から入ってきた。そしてこのカフェに慣れているのか、一目散に街路樹の見える窓際のソファー席に陣取ると、注文カウンターでアールグレイを注文していた。白いワンピースに淡い桜色のボレロを羽織ったその姿はとても華奢で、その子に紅茶のトレーを持たせることを店員も躊躇ったに違いない。

その女の子の方を向いて座っていた春彦は、持っていた雑誌を鞄から取り出したものの、気が付けばその女の子に目が行ってしまうような状態だった。ふと腕時計に目をやると、待ち合わせの時間まであと五分だった。その女の子も時計を確認しているようだった。肩から少し下がったあたりでふわふわとした明るい色の髪を束ねており、どうやら紅茶を飲むにはそのきれいに巻かれたおくれ毛が邪魔なようだった。

恐らくこの女の子は、近辺の高級住宅街から来たのだろう。服装といい仕草といい実に可愛らしいその様子に、春彦の頬は意識せずとも緩んでいた。その女の子の大きな目は少し不安気で、先ほどから店内をきょろきょろと行ったり来たりしていた。その様子からその女の子も誰かと待ち合わせをしていることは、一目瞭然だった。

『高校生ぐらいかな、いや中学生かもしれない』

その年の頃の女の子に遭遇して春彦が懐かしいような甘酸っぱいような気持ちでいると、いつの間にか待ち合わせていた亜希子が隣に立っていた。春彦は驚きのあまり慌てて立ち上がると、姿勢を正して亜希子に視線を向けた。

「澤田先輩、人が悪いですよ。いつからいたんですか?」

春彦のそんな様子に亜希子はいたずらっぽく笑いながら、例の紅茶を飲んでいる女の子を指さすと余りにも唐突に言った。