ひとしずく

いつもより早い早春の光に照らされながら、それでもクマザサはしばらくうとうとしていました。けれども、朝日が山間からのぼりきり、その眩しさによって冬の眠りの深さが遠のいてゆくにつれ、自分の枝葉、さらには茎や根にまで次第に熱が帯びてゆくのを感じ取り、今ではすっかり目が覚めたのでした。

すると、冬のあいだずっとうなだれていた自分のからだをぴんと起こしたい気になって、自慢の葉っぱに重くのしかかる真っ白な雪をはらってしまいたい、でなければ自分の体温で溶かしきってさっぱり流してしまいたいと思いました。

すっくと背筋を伸ばしきるにはまだ力が足りませんでしたが、先の秋の余力を使って少しだけ頭をもたげると勢いがついて生来の自信が蘇り、根の先からごくごくと地中の水分を汲み上げて、乾ききったからだを潤しました。

ひとしずくも目を覚ましました。自分が寝床にしていたクマザサの葉にぴんと生気が張りつめたことをからだの下に感じたからです。

雪の兄弟たちにかこまれていたので、視界はまだ青白くぼやぼやとしたままでしたが、ひとしずくはすぐさま、これは自分にとっての変化のときだと心得て、視界が()やかになるまでのあいだ、ただじいとそのときを待つことにしました。そうしていれば自ずと次の姿に生まれ変わって、あたらしい世界に出会えるのだという予感があったのです。

ひとしずくがこれから体験するすべてのことは、とてもゆっくりのようであり、それでいてあっという間の出来事のようでありました。

ひとしずくは、春の陽の温かさとクマザサの葉の熱のあいだにあって、雪の結晶の兄弟たちとともにぬくぬくとして過ごしていました。とても居心地がいい、幸福な時間です。兄弟たちの多くはもう目を覚まして気持ちよく伸びをしています。

けれど中には、この温もりに抱かれるまま、もう一度眠りに戻るものもありました。