ひとしずく

これは、小さな小さな、とてつもなく小さな、あるひとしずくの物語。

ひとしずく? それってこれから登場する人物の名前かって?

いいえ、ひとしずくはひとしずく。この世界に生まれた一滴の水の粒。彼こそが、この物語の主人公。

例えばあなたが部屋でゆったりと好きなことをして過ごしているとき、サァーサァーと音が聞こえてきたら、雨が降ってきたかしらと思うでしょう。

するとやっぱり、窓には雨の水滴たちがぶつかって、それがツーッと窓の下の桟へと流れていたり。あるいはあなたが大切な愛犬とお散歩に出かけたとき、雨上がりのいつもと違う匂いにわくわくして、つい一緒になって水たまりに飛び込んだりするでしょう。

すると、長靴をはいたあなたの足元から、水たまりの水滴たちがチャプチャプと音を立てながら軽やかに飛びはねていたり。お水を飲んだときに締めたはずの蛇口から、放っておかれた水滴たちが流しにぶつかってポツリポツリと音を立てていたり。

こんな風にして、普段は気にも留めないだけで、あなたはきっと、どこか身近なところで何度も何度もひとしずくの誰かに必ず出会っているはずです。

でも、これからお話しするひとしずくには、まだ誰も出会ったことがないでしょう。なぜってこのひとしずくは、今も自分が生まれた森にいて、まだ一度もその森から出たことがないのですから。