私は素朴な疑問を投げかけてみると、

「まあー俺はお守り猫だからな」

わからない言葉を言ってくる猫になおも聞き募る。

「お守り猫って、何……むむぅぅ?」

「うっうぅーん。昔の話だ」

(おっと、しまった。ちょっとまずかったか。まっ、流そう。知らんぷり知らんぷり)

「何それ! 聞きたい聞きたい」

言い張る私を無視して帰ろうとしている猫。

「それじゃ、まあ帰るわ」

猫はそう言い放つと、さっさと窓から出て行ってしまった。私は窓を大きく開けると、暗い空間に向かって声を掛けるのでした。「明日訪ねて行くからね」と。

言い放った言葉の返しに、鼻腔に入ってきた夜気には夏の木々の匂いがした。窓を閉め、ベッドに腰を下ろすと考えた。八幡社……あそこのお社、何かあったのかなぁ~昔からあそこにあったみたいだけど、それほど大きくなくて、いやむしろ小さいし、ぼろいし。由緒ある所には見えないよね……明日聞いてみよ。その考えに至り、やっと寝る事にした。

明くる朝、八幡社の事をお父さんやお祖母ちゃんに聞いても随分古いらしいとは言うものの、その次に進んで行かない。仕方ないので自分で調べてみると、瀬戸の中心部にある深川(ふかがわ)神社は奈良時代、天津(あまつ)神の勧請(かんじょう)において建てられたらしく、境内も広く鳥居もしっかりしているのに比べると、八幡社は元々平安時代末期、この地に入郷した平(滝口)影貞が、保元平治の乱の頃、水野氏を名乗り尾張国山田荘水野郷や志段味(しだみ)郷を支配下に置き居城になった入尾城の城址後に建ったと書いてあった。

――それで、あの猫であるが――古墳時代からの記憶があると言っていたけど深川神社にも八幡社の近くにも古墳があるのよね。何か関係するの? おまけにここは南北の山に囲まれ玉野川渓谷沿いにあり、支流水野川もある天然の要害、と同時に秘められた所にも成り得た場所だ。あの猫、本当に何かあるね、きっと! もう少し入尾城の事、古墳時代のこの辺りの事調べてみよう。もちろん、あのタマ(猫に名前付けちゃった)にも直接聞いてみよう。

数日、私は放課後図書館に通い詰め、それからネットでも検索したよ。それでわかった事は大和朝廷とこの辺りの豪族は交流があり、その関係で古墳も真似て作られたらしい。ほとんどが円墳だが小規模ながら前方後円墳もあり、かなりの勢力を持った豪族もいたと思われる。そして(いわ)れのある古墳も多々あり、白鳥古墳などは日本武尊(やまとたけるのみこと)の物だと言われている。

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