迷いながら揺れ動く女のこころ

結婚を意識した時、悠真さんから「自由に趣味に生きてください」と言われ、マザコンの健吾と別れ一人で生きてゆくと一度は決めたはずだったが、シンデレラ姫のような世界に盲目の内に引き込まれて、ここに自分がいることに違和感を覚えつつ悶々としていた時、美代子は急に花帆に会いたくなった。

携帯からメールしてみた。すると秒速で返信があり「私も会いたかったよ! 今週は主人も出張だからいつでもOKです」

美代子は主人のスケジュールをカレンダーで確認してから「急だけど明日、自由が丘のカフェ〝花梨〞で十一時に待っている。結衣も誘ってみます」とメールした。

思い返すと花帆に会ったのは結婚前に結衣と三人で会ったのが最後だった。美代子にしてみれば、孤独な無味乾燥の生活から少しは解放されたかった気持ちがメールを打つ指先に表れていた。だから明日会おうという気にさせたのだった。

子供の遠足前夜のようにベッドに横になってもなかなか寝付けなかった。ベッド脇のデスクから読みかけの本を手にして、枕もとの蛍光灯を本に向けて読み始めた。十ページほど読み進んだ頃、壁一つ隔てた悠真の部屋からかすかに人の声がするのを耳にした。山形家は三百坪の敷地の道路から奥まった位置に建物が建っているので、道路から車の音も聞こえなくて深夜になると静まり返っている。

美代子は悠真の独り言ではと思いながら、気になったので壁に近づきそっと耳を当ててみた。

はっきりとは聞き取れなかったが、悠真以外の女性の押し殺したような声だった。

脈拍が早く打っているのが分かったが、息を殺して数分程右の耳を壁に押し付けていたから、少し痛みを覚え壁から離れた。ベッドに戻り「誰、どうして」と自問してみたが、このままそーっとしておこうと思った。

読みかけの本をデスクに戻し、掛け布団を頭まですっぽりかけて寝ることにした。頭の中では走馬燈の如く、いろんなことがグルグル巡るが何一つ解決に結びつく名案が浮かんでこなかった。

寝不足のまま朝を迎え、何事もなかったように悠真と美月を観察した。二人は無言で食事を終えると、悠真は仕事場の事務所に向かった。

山形家の朝食はいつもトーストにジャム、そして季節の果物、ヨーグルトと牛乳が定番になっている。今朝のトーストがブドウ入りだったので美代子はジャムを付けないでバターだけをたっぷり付けていた。

「美月さん、このブドウトースト美味しいわね。久しぶりよ」

「そうなんです。最近駅の近くにパン屋さんが出来たので、買ってみたの。美味しいのが評判になり昼前には売り切れなんです。だから、多めに買って冷凍しておくんです」

「そうなんですか、冷凍はいい考えだわ」