■『小説神髄』の特徴(その一、上巻)

『小説神髄』は明治一八年九月から翌年四月にかけて九分冊で刊行されました。後で検討する『当世書生気質』よりほんの数ヵ月遅れて刊行されたのですが、実際には『小説神髄』のほうが先に完成していたようです。

この書物が日本に西洋近代文学の骨格を紹介し、日本の文学も江戸文学から脱して近代化を図らなければ、と訴えたことは文学史上の言わば常識に属します。

しかしここではそうした文学史的な記述で済ませるのではなく、この書物の内容に多少立ち入って紹介し、その長所と短所を分析しておきましょう。

この書物は「緒言」「上巻」「下巻」から成っています。

緒言では、江戸期以来日本では小説が盛んだけれど、必ずしも好ましい状況にあるとは言えないので、あえて自分の小説論を世に問う、と述べています。日本でも小説の「改良進歩」が進めば、やがて「欧土〔ヨーロッパ〕の小説を凌駕」するだろうとも。

逆に言えば、江戸期以来の小説観が支配的である今の日本の小説はヨーロッパに大きく劣っているから、その文学に学び、小説を改良しなければならないということでもあるのです。

次に「上巻」は、「小説総論」「小説の変遷」「小説の主眼」「小説の種類」「小説の裨益」という章立てになっています。

「小説総論」は、小説は芸術(ただし逍遙は美術という言い方をしている)の一つだが、芸術は実用のためにあるわけではなく、人の心と目を楽しませ、また人間の気格を高尚にするものであると定義します。そして芸術の各ジャンルにはそれぞれ特質があるが、小説は人情世態を描くところにその特質があるのであり、その点で絵画や演劇や詩歌を凌駕して芸術の中でも最大の位置を占めるのだ、としています。