荷物と配達票とペンを差し出し、何ごともなかったように語り掛けてみる。

「宅配便です。サインいただけますか?」

素直に従ってくれることを願いながら。バイキンマンはペンを握ったまま、何やら思案している風であった。そして得意げに言い放つ。

「サインはまだお預けね」

「どうして?」

うんざりしながら尋ねると、

「あなたにはね、愛想というものが足りない。もっと愛想よくしてくれなくちゃあ、サイン書いてあげない」

愛想は確かにないかもしれないが、バイキンマン女に言われたくない。

「いい? わたしが見本見せてあげるから、よく見てて。わたしが宅配便で、あなたがもらう側。ね?」

言うなりバイキンマン女は、ぼくを部屋の中に促す。躊躇するぼくの袖を持って、強引に引っぱり込もうとさえする。本当になんなんだ、コイツ? 恐怖さえ抱くと同時に、よこしまな考えも湧くのが男のだらしなさ。

女の方から男を部屋に引きずり込むなんて、滅多にないチャンスかも。タダでいいことさせてくれるのか? バイキンマンだって女は女、むしろお面付きの方が想像力を掻き立てられていいかも。妄想を逞しゅうするぼくを尻目に、室内のインターホンモニターの前にぼくを立たせると、女は外に出ていってしまった。

「あなたにね、愛想ってもの教えてあげるから」

と言い残して。

あたりを見回すと、そこはダイニングだった。ダイニングといえば格好いいが、年季の入った小広い台所だ。古めかしいが小綺麗に使われている流し、ありがちなオーク木目調の食器棚、ツードアの白い冷蔵庫。バイキンマン女にしては普通の様相である。奥にある部屋は、引き戸が閉じていて見ることはできなかった。