まもなく、ピンポーンとチャイムが鳴るとともに、モニターにバイキンマンの顔が映し出される。いきなりこんなヤツが訪問してきた日にはそれこそ通報沙汰で、愛想もへったくれもないが、愛想を教えると言うからには、朗らかな声で、「宅配便でーす、荷物お持ちしましたァ」と来るかと思った。それが冷静な声で、「あなたさあ、まだ気付かない?」と呟くのだ。

「何に?」モニターに向かって、尋ねる。

「記憶力ないなあ。声も覚えてないわけ?」

小馬鹿にしたように女は漏らし、バイキンマンのお面を持ち上げ、サングラスをそうするように、頭にお面を掛けた。ようやくぼくに素顔を晒した女は、こちらに手を振り、「久しぶりィ」と笑う。

あ、コイツ……。

眉毛も黒目がちの目も、優美な弧を描いていて、一見穏やかな風貌。ロングヘアを真ん中から分け、額を出している様など、ぼくより大人びている感じであり、落ち着いているように見える。清楚な美人の部類に属するといっていいかもしれないが、目に隠しようもない妖しい企みが宿っている。

確かにぼくは、この女を知っていた。会うのはどれくらいぶりだろうか。懐かしかった。かつてのぼくと彼女との関係を考えれば、もっとバツの悪いような、複雑な再会となっていいはずなのに、なぜだかびっくりするくらい懐かしかった。ほっとするような心地で、

「ああ、ハハ。確かに、久しぶりだなァ」

かすれる声でぼくは呟く。

「びっくりしたわよ。昨日さ、このボロアパートに、カメラ付きのこやつを付けてもらったの。で、最初に映ったのが、あなただったんだもん」

「で、思わずからかってみたわけ?」

「からかうっていうより、こやつでいろいろ会話してみたかったのよ」

「それがあの会話? 嫌がらせとしか思えなかったけど。まあ、君らしいけどな」

相手からはこちらが見えないという理由で、ぼくはモニターに映る彼の顔をしっかりと見ている。画面が小さすぎて細かいところまでは映らない。けれど以前より落ち着いているという気がするのは、歳月のせいだろうか。大人のいい女になった。それでもバイキンマンのお面を頭に掛けていれば、真人間に成長したとは到底いえそうもない。相変わらず掴みどころがない謎めいた女だ。

ほどなく彼女が玄関のドアを開けた時、その顔は再びバイキンマンになっていた。入れ違いに玄関に戻り、スニーカーを履きながら、

「もう正体バレてんだからさ、隠さなくていいじゃん」

ぼくは苦笑し、荷物と配達票を彼女に差し出すと、

「サインください」