『非現実の幕開け』

……。

本当に、本当に俺は何も出来ないのか?

目の前で泣いてる大切な人がいて……、俺は本当に何も出来ないのか?

そんなことはない。

そんなことは嫌だ、

そんなことは嫌だ!

この状況下で絞り出した気力と、何だかよく分からない感情が自身の心を動かす。

いつもどんくさくて不器用な男だけど、こんな時まで何も出来ない男にはなりたくない! まだだ! まだ、俺に出来ることは残されているはずだ!!

不格好でも、不器用でも、自信がなくても、力がなくても、俺はやる!

当たって砕けろだ!!

「……る、ルナ姉」

しばらくし、俺は震える声で言った。

恐らく零れる涙も止まってないだろう。

それでも絞り出した声は、彼女の耳に入れるには十分だった。

「?」

「俺が……、俺が囮になる! 絶対ルナ姉には手を出させない! 約束する、すぐ戻ってくる!」

何かが吹っ切れたのか、震える声でそう口にしてから「無理」と踏んでいたそれが、成し遂げなければいけない「使命」に変わった。不思議な気持ちだ。先程まで「何も出来ない」とあれだけ嘆くことしか出来なかったのに……。

「そんなの駄目ぇ!!」

俺の台詞を聞いた彼女は、不意に穏やかさが表情から消え必死に説得しようとする。

それでも気力が動かす俺の体は止まらない。

「大丈夫。俺が絶対ルナ姉を守るから……」

今の俺はルナ姉にはどんな風に映っているのだろうか?

「やる気に満ちている?」それとも「頼れる弟?」

いや、違うよな。それならこんなに歯を食いしばって滴る渾身の一言を聞いて、悔しがったりしない。

しばらく嘆息しながらも、彼女は分かってくれたように許可してくれた。

「……分かった。でも、無理したら嫌だよ?」

決死の覚悟を秘める。しかし、そんな宥(なだ)める表情が俺にとっては苦しかった。

胸が引き裂かれそうだったが、俺は大切なものから振り切るように彼女の手を優しく離した。

「…ああ、任せろ」

囮として、まずは憑依生命体を出来るだけルナ姉から遠ざける。

そうしなければ、いかに彼女の体を挟んでいる鉄筋を退かしても、降り注いでくる瓦礫の山に埋もれてしまう。

理想は奴を院内から外へ追い出すことだ。それが出来れば、上出来だ!

別に倒さなくてもいいんだ。ただ遠ざけて進行方向さえ変えてやればいい、それだけだ。それが終わったら、すぐに彼女の所に戻ろう。

段取りを確認しながら憑依生命体を探す為、俺は来た道を辿るように下の階層へと階段を使って降りて行く。