一 マッコウクジラのこと、ハナコとその家族のこと

四頭はお父ちゃんを先頭に、一斉に浮上を始めた。ハナコは家族に遅れないよう、一生懸命泳いだ。

本当は、お父ちゃんもお母ちゃんもお兄ちゃんも、ハナコが遅れないようにゆっくりと浮上してくれたのだが、そんなこと知らないハナコは、みんなに遅れないように必死だった。

ハナコ達はダイオウイカを獲っていた水深八百メートルの深海から八分以上かかって海面に浮上した。

ブシュー!

浮上したハナコ達は、鼻の穴から一斉に潮を吹いて新鮮な空気を吸い込んだ。

マッコウクジラが潮を吹く角度は四十五度と決まっていた。だから遠くからでも潮の角度でマッコウクジラとわかるのだ。

ハナコ達が潮吹き(ブローともいう)を繰り返していると、

「おおーい、おおーい」

と一頭のマッコウクジラが近づいてきた。仲間から『長老』と呼ばれているおじいさんクジラだ。マッコウクジラの寿命は人間と同じくらい(七十歳くらい)だが、長老は百年以上生きていた。群れの知恵袋的存在で、仲間から慕われていた。

ハナコはこの長老が好きだった。長い生涯の間に世界中の海で経験した面白い話を聞かせてくれた。人間の捕鯨船に追われて間一髪助かった話や、『魔の海』と呼ばれるバミューダ海域での冒険談、あるいは水深二千メートルの海底を泳いでいた時、突然海底火山が爆発し、真っ赤な溶岩が噴出してきて危うく巻き込まれかけた話など、ハナコは何度聞いても胸がワクワクしたものなのだ。

「長老、どうしました?」

お父ちゃんは長老に敬意を表して丁寧な言葉を遣った。

「大変じゃ。また仲間が一頭、デビルにやられたのじゃ」

「えっ、またデビルに!」

お父ちゃんは驚きの声を上げた。

「そうじゃ。これで犠牲者は二十頭目じゃ。早く何とかしなければ……」

長老は遠い海を見つめて言った。