果音は授業中の教室を飛び出した。

教科の先生には、気分が悪いので保健室へ行くと告げた。

果音は小学校で保健室の常連だっただけあり、保健室を知り尽くしていた。

果音にとって、保健室は自由に休める場所であり、養護教諭は無条件で自分を擁護してくれる人であった。

初めてこの学校の保健室に現れた果音は、バーバラにかわいい眼差しを向けながら、開口一番こう言った。

「『あの子』に無視されました。懲らしめてください」

「え? 無視? それは辛かったね」

バーバラは笑顔を浮かべながら応対したが、心の中では色々な思いが駆け巡っていた。

(ん、懲らしめる?)勿論、話はしっかり聞かねばならないし、相槌も打たなければならない。しかし、バーバラにとっては、果音が言う「あの子」も同じ生徒なのである。一緒になって悪口を言うことは許されない。

バーバラは一瞬、ため息をつきそうになりハッとする。

怪我や体の不調で保健室を訪れる生徒もいるが、心の不調を訴えて来室する生徒の中には保健室を休憩所と間違えている子もいる。

それはそれで必要だと納得はしているのだが、常連ともなると勝手に引き出しを開けたり、タオルを畳んだり……。授業中なのに保健室で過ごす「罪悪感」からか、「お手伝い」を始めるのだ。

新入生の山本果音は要注意人物なのかもしれない。

バーバラは直感する。

「私、小学校でも保健室でお手伝いさせられてきたので、保健室の仕事は結構できます。保健室って、結構雑用が多いですよね。気にしないで先生は、他の仕事をしてください」

バーバラは呆れた表情を見せまいと、わざとあくびをしながら答えた。

「あ~ひ~ま~」

「え?」

果音は養護教諭の対応が今までと全く違うことに一瞬とまどった。

果音のバーバラに対する第一印象は「変な大人」であった。

果音は自分の思い通りにならない大人には、皆「変な大人」との烙印(らくいん)を押してしまう。

果音は今まで「痛い」とか「苦しい」と言えば、真剣に心配してくれるのが大人だと思ってきた。ましてや「死」というワードをちらつかせれば、自分のペースに持ち込めることも知っていた。

小学生の頃は我がもの顔で保健室に出入りしてきた彼女にとって、バーバラはつかみどころのない存在に感じられた。

バーバラ相手になかなか思い通りにいかない果音は、初日から『最終兵器』を使ってみた。

果音は涙ながらに告げる。

「実は私、今まで何度も自殺しようとしました」と。

しかし驚くことに、バーバラの言葉は今までの大人とは違った。

「あら、どんな方法で?」

「え?」

「そうそう人の体は不思議よね。それでさぁ~」

「もういいです。教室に戻ります!」

果音は一人ぶつぶつ言いながら、保健室を後にした。

「マジ、ムカつく!」

保健室での出来事を思い出すと、果音は悔しさでいっぱいになった。

(先生は、生徒に尽くすものでしょう? 保健室の先生なら、私に尽くして当然! なのに、何? あの人。やたら「人体の不思議」について語ってくる)

「もう!」