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五十歳男性の厳しい現実

十五 『優等生』みたいな私が『清水の舞台』から……

私のように、幼い頃からある意味優等生(?)として育ち、良くも悪くも品行方正で生きてきた人間が、いきなり海外に足を運び、ほぼ断られるのを覚悟のうえで若いおねえちゃんに声をかけ、デートしようという訳である。私はもう、清水の舞台から飛び降りる覚悟であった。いや、これを例えると、初めて戦地に赴く新米兵士の心境、と言ったら大袈裟か?

道徳的にはともかく、法律は犯していない。もちろん未成年には声をかけないのだが、どうしても罪悪感が抜けないのである。なにせ、高校生の頃、テレビで娯楽番組を観ていてさえ、その時間勉強をしていない自分に罪悪感を抱くほどマジメ(?)であったのだ。いかに私のこの行為が勇気のいる大きな決断だったか、お分かりいただけるものと思う。

十六 結局『優等生』にはなりきれなかった私

男として一度も勝負しない人生なんて、何が楽しくて生きているんだろうと思う。特に私のような人生を歩んできた男は、なかなか大きな方向転換や決断・実行ができないものである。なぜなら、今まで長年にわたりコツコツと積み上げてきたものを捨てることになるからである。私はこれまでに、いくつかの大きな決断をし、そして実行に移してきた。

三七歳で結婚したが、これを機に私はそれまで使っていた苗字を捨てることにした。別に養子に入った訳ではないが、妻の姓の方が気に入ったので、妻の姓に変えることにした。後に故郷で自営業を始める身としては大きなマイナスとなったが……。父は地元の高校の教師だったため、市内や隣接市町には父の教え子が多くいる。

また、母は旅館やスナックを経営していたので、顔が広かった。そのため、旧姓のままでいた方が営業には大きなプラスになったはずであった。姓を変える話をした時の兄及び兄の妻(義理の姉)の狼狽は尋常ではなかった。