第一章 決心

売値が十五万円もするのだ。いくら売り物にならないとはいえ、それをタダで客に渡してしまうのはどうだろうか。仕入れのルートやその処分方法を考えても、やはりそれでは可笑しいというものだろう。春彦はそんなことを考えながら、難しい顔をしていた。郁子も春彦の隣で難しい顔をしていた。

しきりに、その青いシミの匂いを嗅いだりさすったりしていた郁子が腕まくりをして持ってきたのは、チョコレートの缶と何かの液体が入ったボトルだった。その缶は郁子がポンポン箱と呼んでいるもので、中には切れ端で出来たてるてる坊主がびっしりと詰め込まれていた。

そのてるてる坊主の頭にボトルの液体をたっぷりと含ませると、郁子はそのシミをリズミカルに叩きだした。青く汚れては取り換えてのてるてる坊主は、気が付けばその缶からすっかり無くなっていた。それと引き換えにまるで新品のようなそのスツールと、満面の笑みの郁子が春彦を見ていた。

ただで十五万円のスツールをもらってきてしまうのもさることながら、まるでクリーニングの専門家でもあるかのような郁子は一体何者なのだろうか。そのポンポンを扱う慣れた手つきがまるで何かの職人のようで、春彦は先ほどまでの考え事をお腹に納めると、その笑顔にコクコクと頷いてみせることしかできなかった。

郁子の買い物は確かに少々高額ではあった。けれども元が取れているどころか、お釣りが来るというものだった。二人掛けのソファーとスツールを置くのがやっとだった社宅のリビングも、それが結婚八年目に建てたこのマイホームでは、同じシリーズの三人掛けにスツールをもう一脚追加した。

増えるのは椅子ばかりではなかった。キッチンに目をやると、郁子の背中が楽しそうに踊っていた。リビングに差し込んだ西日がそのソファーばかりでなく、キッチンにいる郁子をも照らしていた。春彦にはその後ろ姿が、ひときわ美しく神秘的に思えた。結婚当時から素直でいつもニコニコとしている妻の郁子は、社宅の奥様たちからも

「郁子ちゃん、郁子ちゃん」

と可愛がられていた。

それは三十代の奥様たちに紛れて、郁子がまだ二十三歳だったからばかりではない。一体どこで身に付けたのか達者に家事をこなすその様は、痛快と言えるほどのものだった。それに皆が皆、ギャップ萌えしたというわけでもないだろうが、郁子が

「あの子は最高!」

というお墨付きを得るのにさほど時間はかからなかった。