第一章 決心

春彦はそんな郁子が大切にしてきたソファーに深く座りなおすと、目頭に手を当てて鼻をすすった。

あれから二年の月日が経とうとしていた。

春彦の知らない世界に行ってしまった郁子は、その二年間、頑なにそこから戻ってこようとはしなかった。そしてその間、よく熱を出すようになった郁子は、三日前のあの日からいつもよりも高い熱を出していた。

春彦にはそれが郁子にとって、どれだけ衝撃的な出来事であったのか、その熱の高さから推し量ることしかできなかった。それだけの苦しみを自らの手で与えておきながら、春彦は身勝手にもそのことに一縷の望みを託していた。

二年の間考え続けて、それでも答えの出ない問題だった。郁子の心にある静まり返った湖面に三日前に投じられたあの石は、もしかしたらその均衡を破ったのかもしれない。余りの高熱が郁子の心に刻まれた波紋の大きさを、物語っていた。

このソファーには郁子と一緒に育んできたあの笑顔と、大切な思い出がたくさん詰まっていた。あの日、春彦はそれを自らの手で、台無しにしてしまったのだ。

営業職である春彦の身上は、即断・即決・即行動だったのに、まるで泥沼にでもハマってしまったかのようにその事を考え続けていた。そんな春彦がやっとの思いで立ち上がったのは、既に日も傾きかけた頃のことだった。そのソファーの軋む音は、相変わらず胸に痛かった。

財布と車のカギを持った春彦は、リビングの扉を開け玄関へと向かった。

玄関の欄間には野薔薇を模った飾り窓がはめ込まれていた。この家を建てるあたり郁子が気に入って選んだものも多く、その飾り窓もその一つだった。

そこからはこの季節の西日が、既に廊下の突き当りにまで差し込んでいた。昨日脱ぎ散らかした革靴にも、埃と一緒に乱反射した光の一部が降り注いでいた。

この二年間、たびたび熱を出すことはあっても郁子は毎日弁当を作り、仕事から帰った春彦の靴を磨いてくれていた。心身に異常を来していてもそれがまるで呼吸をすることであるかのように、実に手慣れた風に日々の家事をこなした。そんな郁子の姿に、春彦の心は尚更苛まれるようだった。

今は考え事よりも、郁子のことを先に済ませなければならない。春彦は言うことを聞かない心身を無理やり奮い立たせながら、車のキーを握りしめた。