土曜日がやってきました。前の晩、障子を開けたまま本を読み、月の光を浴びながら寝落ちしてしまった私は、明け方に見た奇妙な夢のせいなのかどうにも頭がすっきりしませんでした。

夢の一部始終はおぼろげです。一人の女が、夢の中でも眠っている私に何かを話しかけていました。寝ている自分自身に一人の女が体を静かに語りかけている……その場面を別の私が俯瞰で見ている……そんなイメージでしょうか。女の語りかけは、地球上のどこか特定の国の言葉というより何かテレパシーめいたもの、言語を超えた原始的なコミュニケーションの類いだった気がします。

あたり一面が白っぽい霧に覆われた、もしくは淡い光が充満している空間でのひとコマでしたが、女の語りかけに何か私を不安にさせるような要素はなかったと思います。むしろ私を擁護するような安心感がありました。

その女は駅で見た少女のようでもあり、子供の頃に死んだ母親のようでもあり、本社の加瀬久美子のようでもあり、あるいはまだ会ってはいない未知の女のようでもありました。

夢の残滓(ざんし)を振り払うように、私は洗面所で歯を磨き、顔を洗い、身支度を済ませました。月ノ石資料館の開館は午前九時です。町の中心部にある資料館には車で十五分ほどですが、早めに行って近くの喫茶店でコーヒーでも飲んで開館を待とうと思いました。

もともと交通量もさほどない国道を、私はするすると東へと車を走らせました。途中で月ノ石駅を左に見ましたが、相変わらずひと気のない駅舎が所在なげにたたずんでいるばかりです。

「所長もあの少女を見ていないのだし、やはり俺の見間違いだったのだろうか」

四日も経つとなんだか自分の記憶に自信がなくなってもきます。

「このあたりはキツネやタヌキも頻繁に出没するの。佐伯さん来たばかりだし、奴らに化かされたんじゃない?」

私と所長の雑談を近くで聞いていた事務員の田沼(たぬま)(おり)()さんにそうからかわれたりもしていましたので。狭い事務所内で顔を突き合わせているので、良く言えば情報の共有ができ、悪く言えば筒抜けだったのです。