【前回の記事を読む】「あれっ」利用者がほとんどいない無人駅で見かけた「人物の正体」

第一章発端

次の日の昼休み、いかにもふと思い出したふうを装って私は所長に聞いてみました。

「このあたりに学校はないとおっしゃいましたよね」

「佐伯さん、あの駅で見たっていう女の子、まだ気になっているの?」

刑部さんはからかうような言い方で屈託なく笑い、

「町役場に隣接して月ノ石資料館というのがあります。そこの館長の浜村(はまむら)さんという人に会ってみて下さい。月曜休館で土日は開いているから、週末にでも行ってみたら。もっとも月曜以外の日も休館日みたいなものですがね」

「月ノ石資料館、ですか」

「浜村さんは六十年以上この町に住んでいる月ノ石の生き字引みたいな人だから、学校のことも何か知っているかもしれませんよ」

「そうですか」

「この町のことを知るにはおそらく資料館が一番でしょう。今でこそこんな寂れた町ですが、月ノ石には意外に奥の深い歴史があるようだから」

「わかりました。今度の土曜日に早速行ってみます」

「浜さんには私から佐伯さんのことを話しておきますよ。ぜひ女の子のことだけでなく、町のこともいろいろ勉強してきて下さいよ」

ここで所長の刑部(おさかべ)真治(しんじ)さんについてもお話ししておく必要がありそうですね。刑部所長は私よりひと回り年上の四十四歳で、地方の営業所を五ヶ所渡り歩いた現場一辺倒の人です。私と同じ帝都大学の工学部建築科を卒業しているのですが、建築の素材を学ぶうちに鉱物に興味を持って、同大学の物理学部に入り直したという学究肌でもあります。

刑部さんのような方がなぜ地方回りで甘んじているのか、上昇志向の塊だった私には理解ができず、お互いに気心が知れてきたと感じた頃を見計らって、所長に尋ねてみたのです──石材会社の営業所はたいてい石切り場に近い辺鄙な場所にぽつんとたたずんでいて、都会の喧騒や華やかさとは無縁です。言葉は悪いですが、陸の孤島のような環境にずっといて一年中作業着で汚れ仕事をして不満はないのか、刑部さんなら本社の開発部や研究室でいくらでも知識とキャリアを活かせるし、幹部になって大同石材の中枢を担っていける方だと思うのですが──と。