岡林恵はさほど切れるタイプの女性ではなく、自分のボスへの観察も鋭いとは言えなかったがやはり話してみてそれなりの収穫があった。秘書の口から得られた空き巣事件の情報は何か引っ掛かるものがある。おまけに斉田には彼女の前に以前八年近く続いた女性秘書がいたことが分かった。

松野は河内というその女性の連絡先を何とか調べ上げて電話するところまで漕ぎつけた。しかし彼女は亡くなった斉田寛の件で話を伺いたいと切り出すとけんもほろろに「断る」と言った。「今の自分は斉田さんとは何の関わりもないし、守るべき生活や家庭がある、どうか構わないで欲しい」と言うのだ。なおも畳みかけようとすると一方的に電話を切った。

松野は村上刑事に斉田の家の空き巣事件について電話で尋ねた。

警部補はそういう事件があったことを認めた。昨年六月末白里の家に空き巣が入った。犯人は夜中に書斎のガラス窓を破って侵入し平屋建ての母屋の中を引っかき回したが何も盗らずに逃げ、犯人の指紋は発見されなかった。一つだけ、犯人は小型の懐中電灯を置いていった。しかしそれにも指紋は付いていなかった。防犯カメラもなく犯人像は皆目分からない。

それから三か月後今度は斉田の目黒の仕事場に空き巣が入った。斉田が秘書と一緒に名古屋に出かけて家を空けていた間の白昼堂々の事件であり、犯人らしい男の映像が玄関の横に取り付けた防犯カメラに写っていた。

ただし映像はぼやけていて人相ははっきりせず黄色のジャケットを着た中年の男、としか分からなかった。家の警報装置が鳴って犯人は慌てて逃走した。ここでも指紋は検出されず盗られたものもなく、犯人の遺留品もなかった。

二件の空き巣事件はリンクしているのか?何か目的があるのか?村上は空き巣事件が斉田の転落死とどう関係があるのかは今の段階では分からないと言った。

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