(校訓……を読んでいるの?)

そんなことがあってから、その男子生徒の姿を見かけると、目で追っている自分に気が付いた。その男子生徒が山川だった。

(当の山川君は気が付いていないだろうけど……)

玄関で靴を履き替え、生活科二年の教室へ向かいながら、千尋は心の中でつぶやいた。

「オウ。今日も馬鹿まじめにやっているなぁ」

山川が百様箱の扉を閉めて、カバンを手に取ったときに、酪農科三年で農業クラブ執行部の内燃が声をかけてきた。内燃は生まれたときからのニシベツ市街地のご近所さんで、何かと世話を焼いてくれる、山川にとって兄貴みたいな先輩だ。血気にはやる先輩で、農業クラブ執行部では特攻隊長みたいな存在だ。

「毎朝早くから、しんどいべさ」

「いやぁ、早起きは気持ちいいっすよ。それに、早起きは三文の徳とも言いますし」

山川は、内燃に声をかけてもらうとほっとする。少し気になっていることを内燃に問いかけた。

「少し気になっていたんですけどね」

「何だい」

「四月の気温が、一〇年前よりも高くなっている気がするんですよ。先輩方のデータと比べると、明らかに一℃は高いんです」

「地球温暖化ってやつかなぁ。ニシベツでもそうなんだなぁ」

「さぁ急ぐべ。朝のSHR(ショートホームルーム)のチャイムが鳴るぞ」

内燃にうながされて、山川は校舎玄関へと向かった。

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