それから数年して、妹の身体に異変が起きました。あの仕事が原因と思われる病でした。だんだんと床に臥せる状況となり、回復の兆しは一向に見える気配はなく…。妹はどんどんと衰弱していきました。

兄が妹を怒ったのはあのときの1回きりで、その後はその件について触れることも一切ありませんでした。床に伏せっていても、兄はいつもやさしく妹に接して看病をつづけていました。そんなお兄ちゃんのことが、妹はせつなくて、悲しくて申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

「ごめんね。お兄ちゃん、ごめんね。ワタシ……。やっぱりお兄ちゃんに迷惑かけてばかりだね。大きくなってもちっとも変わっていない。いつになったら、ワタシはお兄ちゃんの助けになれるのかな。お兄ちゃん、本当にごめんなさい……」

妹は息を引き取る間際まで、謝りつづけていました。大好きなお兄ちゃんの手を握ったまま……。罪悪感と後悔と悲しみの渦の中へ、ひとりで落ちていったかのようです。

兄は、そのやせ細った妹の身体をぎゅっと抱きしめると、大粒の涙があふれだし、声を抑えることができないでいました。両親を亡くし、妹とふたりきりの日々を過ごしてきて、初めて泣くことができました。それまでの人生を振り返り、初めて両親を思い出したかもしれません。

生きていくために必死に過ごしてきた日々に、両親を思慕する余裕など微塵もなかったのではないかと察します。毎日が生きることに精一杯で、全霊を注いできたから。涙を流すことで、深い悲しみと自責の想いがほんの少し、浄化されたのでしょうか。妹のこの先を両親に託すために、兄は初めて神さまに祈りました。

「神さま、初めて祈る僕を、どうぞお赦しください。もしかしたら、お前なんぞ知らん。そう言われても仕方ないと思っています。ですが妹のために、どうか祈らせてください。妹はたった今、息を引き取りました。それも、たったひとりで。

このあまりにも早すぎる死は、なにを意味しているのでしょうか。僕にはなにもわかりません。妹が元気でいてくれたら、これからはもっともっと、楽しいことをさせてあげたかった。

妹は僕のために、無理をして身体を壊したようなものです。それなのに、僕は人並みなことさえ、なにもしてやれなかった。両親に対して、なんて言えばいいのでしょう。

妹は幼いときに死に別れたので、両親の顔も覚えていないはずです。せめて、このふたりが自分の両親なんだとわかるように、お導き、お計らいをお願いできないでしょうか。無事に再会できるようにお願いします。

妹がひとりではぐれないように、どうか妹のこの手を、両親のもとへと案内してもらえることを願います。神さまの、あなたの広いお心とご慈悲による加護を、僕の妹にお分けください。今、僕にできることは、あなたに祈ることしかできません。あなたの愛に心から感謝します」

【前回の記事を読む】神様お願い。お兄ちゃんもワタシも、これからもずっと仲良く暮らせますように。