プロローグ

この二人、鎮静剤? ちょっとだけ、落ち着く……。智洋は、口に出して会話する大切さに気づいた。

さて、何曜日? 一九七一年の三月十日が何曜日なのか、そんなこと、ソラで計算できるテクニックはない。だから、曜日がわかっても意味はない。

「きょうは何曜日だっけ?」

それでも、訊いてみた。

「水曜日ですよ」

と、ズングリ。土曜日ではない、と。でしょうね……。

「これから、帰るの?」

「いえ、大橋の、この道を下がったところと大通りの角に、先輩の家、というか店があって、そこに行きます、報告に」

「なんのお店?」

「和菓子屋さんです」

「ふうん」

そんな店、あったかしら……。少し間があいたあと、ズングリに

「このあたりの方ですか?」

と質問された。どう答えるべきか。

「ええ、まあ、もっと、あっち」

智洋は、歩いてきた後方を指さし、

「駒場のほう」

と言ってみた。おかしな反応はない。「大橋」があったのだから、「駒場」も、ここにある。それが当たり前。井の頭線の駒場東大前駅もあるのだろうし、東大教養学部も、きっと。

「さっき、東大の入試中止って言ってたけど、それって……?」

「知りません?」

ズングリの声には咎めるような調子が含まれていた。天下の東大の入試が中止されたのだからビッグニュースに違いない。それを知らないのは、世間知らずでは済まない。

「そのころ、ちょっと海外に……」

言い訳としては苦しいか。

「じゃあ、しょうがないか。でも、テレビが一日、いや二日にわたって、ほぼ生中継していたんですけどね、かなりの大騒ぎになりましたよ」

「でしょうね」

「一昨年の一月の十八日から十九日にかけて、東大安田講堂に機動隊が入って……全然知りませんか……そうですか……テレビは通常番組を飛ばして、ずっと生放送でやってて。かなり注目されたと思うんですけど」

「注目を集めたのは事実だけど、それは、一月十九日がおまえさんの誕生日だからで、普通はそんな日付まで覚えてないよ。もう二年前だぜ」

ノッポが助け舟を出してくれた。うっすらとした記憶はある。いつだったか、生駒さんが話していたような。なにかの話のなかで、昔、東大安田砦攻防戦というのがあってね、とか言ってた……。