第一章

9時頃健一さんがほろ酔い加減で、帰ってきた。私はやっとご飯を食べ始め、彼女の実だくさんのお味噌汁を楽しんでいた。「あらお帰りなさい。お茶でも淹れますわ」と言う貴子さんを無視して、「やあ、元気だったか?」と健一さんは言い、私の返事も待たず、風呂に入るといなくなってしまった。

昔より恰幅が良くなり、メガネをかけている。貴子さんは彼に淹れたお茶を自分で飲んでいる。私にもお茶を淹れてくれて食卓を片付け始めた。私も立ち上がり皿洗いを二人でして、夜の庭に出てみた。虫の声がすごい。見上げる空は、満天の星。この辺りは新興住宅地でないので、街灯がまばらで星がよく見える。天の川まで綺麗に見えた。

「お父さんと連絡あるの?」と貴子さんが聞いてきた。

「あまりないよ。でも元気そうだよ」と私が言うと、「あなたも大変だったわね」と彼女は言った。

「誰でも大変よ。私だけではないわよ」と私が言うと、「そうだけど」と言う彼女。

「ご両親はどう?」と私が聞くと、「元気みたいよ。お正月には行ってみようかと思うけど、寒いでしょ。秋頃にしようかとも思うけど、子供達の学校があるしねえ」と、北海道が実家の彼女は言う。彼女のご両親はあの極寒の釧路で二人きりだ。雪かきだけでも大変な所で、彼女のお兄さんは何と九州に住んでいる。

「思うようにいかないわね。私の父はネヴァダだし、あなたのは釧路」

「まあ、お互い元気なのが救いね」と言いながら、蚊があまりに多いので家に入った。

翌朝、生卵が割れない私を見て、家族皆びっくりした。真理子なぞは馬鹿にしてかかった。「おばちゃん、こうやってカチンとやれば、ほらね?」って具合で私も微苦笑。

「いつから?」と聞かれて、もう3ヶ月になると言うと、皆が呆れてしまった。そんな話は聞いたことないと言う。私だって聞いたことない。

「それで料理には影響ないのか?」と健一さんは聞いてくる。

「あるけど卵の殻が割れないだけで、他は皆大丈夫なのよ」と私。皆がじっと私を見る。

「理由はなんだろうね」と貴子さん。

食後、皆で施設に健一さんのお母様の紀子さんを訪ねた。貴子さんはタッパにお姑さんの好きな煮物を詰めている。里芋と芋がらの煮物。健一さんのお母さんは元気そうだったが、私らのことは全く覚えてなく、「初めまして。ありがとさん」と言った。施設の猫をしっかり抱えていた。