第二章

クリニックでこの事件を話したら「親御さんに関してのこだわりではないでしょうか」と言われ両親について考えるようにと言われた。卵と両親。何の繋がりもない二つ。しかし、考えてみることにする。

帰りにクリニックで会った磯部さんと夕飯を食べた。夏も終わったが磯部さんはまだ無職だった。酒類のない店のほうがいいので、ファミレスに行った。私はハンバーグで、磯部さんはカレーライスを頼んだ。

「就職難しいのね」と言う私に、「まあ、僕も選り好みが激しいのかも。それに35だから」と答える。

「卵はどうなったの?」と聞かれて、益々悪化していると話すと、「ウーン」と考えてくれている。カレーが来て、生卵も注文して、私に割ってみろと言うが、できない。

必死の私をじっと見る磯部さん。卵はじっと見つめられても卵だ。なんだかおかしくなってきて私は吹き出してしまい、彼もアハアハと笑い始めた。さっと自分で割り、カレーにかけて食べ始めた。

「僕のほうは飲酒の欲求はあまり訪れなくなってきたから、クリニックもそろそろ辞めようかと思ってる。医者の判断を待ってるところ」と福神漬けをパリパリさせている。私はクリニックで考えるように言われた卵と親の関係を彼に話してみた。

「君は経歴からすれば殻がないで育ったほうだよね」と彼は言い、「殻をお大切にしてるとか?」と聞いてきた。

「そう、殻が欲しいのかも。で、閉じこもりたいとか。みのむしみたいに」と私は言った。

「でも卵でなくてもいいわけよね。殻なんて。貝だって、蛇の抜け殻だって、殻でしょ」

「ピーナッツだって殻あるよ」と彼。

「さやえんどうだってね」と私。でも私は壊せないのは卵だけなのだとわかっていた。それと親との関係と言われてもねえ。

「君は恋人いるんでしょ。結婚とかしないの? 彼が殻になってくれるかも、なんて思わないの?」と磯部さん。

「ないない。私のほうが彼の殻なの。それにみのむしの話は冗談で、私は殻なんてあったら真っ先に破るタイプよ」

「それでも卵の殻は破れない」と磯部さんは少し馬鹿にしたように笑い出した。

「なんか、きっかけがあって、一回壊せればもう大丈夫って言う程度のものでないかな」と言う。

「そう、医者は思い込みだと言うのよね。何を思い込んだんだか」

「卵の殻は壊せないものだとか?」

「じゃないのよ。怖いのよね。そういう理屈でなくて、卵を壊すのが怖い」

テーブルにある殻を見ながら私は言った。

食後私達が中秋の名月を愛でながら、彼の家の前まで来たところ、女の子が入り口に立っていた。

「お父さん!」と彼女は呼びかけ、磯部さんは「おー、加奈。何だ?」と答えた。私が会釈をして、通り過ぎようとしたら、彼が「これは僕の娘」と紹介してくれた。

「初めまして。エリです。お子さんいらしたのね? 知らなかったわ」と言うと「アル中事件で離婚になったんだよ」との返答。

私はまた私のような父のいない娘がと思い、思ったらその場から急いで離れたくなり、挨拶もそこそこにそそくさと家に急いだ。