萌黄色の風の時代

汗が頬から顎に伝わってぽとりと落ちた。じりじりと初夏の太陽が容赦なく照りつけている。だらだら続く坂道は大学生にもけっこうこたえる。

「あ~。車が欲し~い」

柊の悲痛な叫びにこだまするように

「あ~。車が買いた~い」

真美が答える。

「まず免許じゃない?」

純一はどこまでも冷静だ。

「この気温の中、大学から駅まで歩くなんて自殺行為だよお。四十分もかかるんだよ」

「お。ふみが長いフレーズをしゃべった」

「そりゃあ、ほぼ毎日この四人で過ごしていれば慣れるよ」

純一のからかいにちょっと赤くなって反論する。四人と出会って三カ月。私の病的なコミュ症は治りつつあった。ひとえに三人が常に話せない私を受け入れ、話したいときには自然と待ってくれる空気を作ってくれたおかげ。

この人たちに出会えてよかった。神様、奇跡をありがとう。顔がにやける。

「なんか、赤くなったり、にやけたり忙しいやつだな」

柊が言うと、

「そこがふみの可愛いところ」

と純一。おお。純一のこの言葉はずるい。可愛いなんて言われ慣れていない私は、すぐにどきどきしてしまう。ますます顔が熱い。

「高校時代のふみって、どうやって友達と話していたの?」

「う。そこ聞く?」

「うん。聞きたい。不思議だもん」

真美の問いに、興味津々で他の二人も顔を近づける。そういえば、話したことがなかった。でも、面白い話じゃないのになと思いながら、私は高校時代までの話をした。友達と言える子はクラスに一人はいて、似た者同士、肩を寄せ合うように教室の隅にいたこと。その教室の隅と家が、私の世界のすべてであったこと。他の子から声をかけられると、恥ずかしくて、逃げてしまうほど引っ込み思案だったこと。授業ではひたすら当たらないように身を潜めていたが、当たって発言するときに声も手も震えてしまったこと。周囲にそれを指摘されて泣き出したエピソード。

ジジジと蝉が木から飛び出した。駅までの道のりは私のつまらないこれまでの人生を語るのには、十分な時間だった。

「でも、それでよかったんだ。教室の隅は落ち着けたし、たった一人の友達とは理解し合えていたから」

「違うよな。ふみはそう思い込もうとしていたんだ。これでいいんだ。私は幸せだと自分に言い聞かせていた。人は狭い世界にいると見えている部分しか信じなくなる。その狭い世界から一歩踏み出す勇気が出なくて、言い訳を探していた。大学生になって、世界が広がって、それに気づいたんじゃない? 今、楽しいだろ?」

純一がにかっと笑う。彼の指摘はなぜいつも当たってしまうのだろう。なぜこの人は私のことをわかってしまうのだろう。心にさざ波が立った。

駅が見えてきた。

【前回の記事を読む】「大学生活スタート。恋物語もスタートの予感。のはずだった」