その日の夜、裕美がまた、英介に愚痴をこぼしている。

「今日、麻尾君が、あなたの会社が売ってる製品は、麻尾君の会社が作ってるんだって自慢してたらしいわよ」

「ああ、麻尾の会社は、うちの製品の部品の下請けだけど、品質がよくないから、どうしようかって言ってるんだよ」

「切るってこと?」

「それもあるかもな」

「でも、麻尾君ちは、あなたの会社のおかげで贅沢できてるんでしょ」

「下請けの中小企業の社長は、羽振りがいいところが多いんだ。だから子供も、ぼんぼんで育ってたりするんだよ」

「でも、切るのはちょっとかわいそうじゃない?」

「いい製品を作るためにはしかたないこともあるさ。まあ、問題があるってわけじゃないから、しばらく様子を見るけど」

「せめて、佑介と同じ学校にいる間は何とかしてあげられない」

「分かったよ」

次の日、学校で、麻尾晋平がクラスの中で何人かに家に遊びに来ないかと誘っている。高級なケーキがあるという。佑介も誘われたが、あまり乗り気ではない。

「サッカーがあるから」と断ったところ、「今日は練習がないって聞いてるぜ。そういえば、今ブームのサッカーゲームもあるし、メシシのサイン付きのユニフォームもあるんだぜ」と言われ、即座に行くと返事した。

身長もさほど大きくもなく、体格にも恵まれていない佑介にとって、大きくもない身体で世界一のプレーをしているメシシは、佑介の憧れの存在なのである。

佑介と友人らが呼ばれて麻尾家に行くと、真理もいた。昭恵は晋平の妹で、真理の同級生で、ハンカチの疑いをかけた相手なのだ。

「なんだ、真理もいたのか」と佑介が言うと、真理も、「お兄ちゃんこそ、どうしたの。サッカーはいいの」と言う。

「今日は、先生が研修とかでいないから、休みになったんだ。メシシのサインのあるユニフォームがあるっていうから、晋平に誘われてやってきたってわけさ。真理こそどうしたんだ」

「私は、プランマシーのケーキがあるから、って、つい、ついてきちゃった」

「またよそでお菓子なんか食べてると、ママに叱られるぞ」

「内緒にしてよ。うちも結構、ケーキはよく食べるけど、その中でも、プランマシーのケーキ、好きなの」

実は、獅子谷家も、いろいろ有名店のケーキをもらうことが多いので、家では結構いいお菓子を食べているのである。それで、真理も名店の名前に引かれてやってきたわけである。真理は佑介の夢をあてるほど勘の鋭いところがあり、昭恵にひどいことを言われたものの、それは天然によるもので本質的に悪い性格ではないことを見抜いており、ケーキの誘いを断ることはないと判断したのである。