第一章 知事就任

光三よりも十歳ばかり上に見える萩原管理人は正座すると、どこか心配気な顔つきで遠慮がちに鹿児島の酒器である(くろ)千代(じよ)()を差し出した。

「かごんまん地元では(鹿児島では)、こげん芋の酒です。知事さまのお口に合うといいですが」

光三は湯で割った芋焼酎を注がれた猪口をつまんで、ぐいっと呑む。かなり匂うが、味わいは上々だ。

「いや、悪くない。芋の酒は初めてだけど、喉ごしがスッキリしている。こいつを晩酌で飲れるっていうのは、いいじゃないか」

「キビナゴのお刺身が新鮮で美味しいこと。酢味噌によく合うわ」

隣で刺身を味わった美恵子が、箸を置いて満足そうに言う。

「じんじ召し上がりもんせ(たくさん召しあがってください)」

地味な着物に割烹着姿の萩原夫人が薩摩弁で勧める横で、管理人が光三の呑みっぷりを見て安心した顔をする。

「ここでは、晩酌をダイヤメちゅう言います。ダイは疲れで、ヤメは止める、一日の疲れをとる一杯というわけです」

光三は上手い言い方だと感心して、管理人が黒千代香の徳利を傾けるのを受ける。

「知事さま。焼酎は呑みすぎてん、二日よくれしもはん(二日酔いしません)。どうか、おすごしくださいませ」

なんと、二日酔いしないとは。呑兵衛の自分にぴったりだと喜ぶ光三。その気持ちをすぐに読み取った美恵子が、苦笑いして眉を寄せる。

「だからって、呑みすぎないでくださいな」

他愛のない雑談をしながら、光三の胸は弾んでいた。明日は、知事の就任式に臨む。仕事が軌道にのったら、さっそく奄美の島へ出かけたい。