第一章 知事就任

県議会筋などへの挨拶まわりをすませ、知事としての日々の執務がスタートした。着任から十日も経つと、せっかちな光三には一刻も早く奄美大島へ渡りたい気持ちが募ってくる。さすがにまだ無理かなとは思いつつも、試しに末永秘書課長に大島郡への視察出張を組めないものかと打診してみた。

光三は、典型的な秘書タイプの姿勢で誠実に仕事に励む末永課長を、信頼できそうだと直感していた。無理な要求も、なんとか工夫してくれるかもしれない。

着任したばかりのこの時点では想定もしていなかった知事の下命を受けて、秘書課長は端正な顔に戸惑った表情を浮かべた。

「ご指示ではございますが、知事。当分は難しいかと。本庁内でご報告したり、お指図を仰ぐ日程が詰まっております。主な施設なども、ご視察いただかなければなりませんし」

予想していた返答ではあったが、光三はできるだけ早期の出張にむけて布石を打っておきたい。

「そうかもしれんが、大島郡は本県にとって重要な地域だ。県勢を把握するには、一日も早く現地を視察しておきたいと思ってな」

「お言葉ですが、あまり早々に離島にお出かけになると、本土の者にとっては穏やかではないかとも存じます。むしろ、本土の有力者が島をどう考えているかを聞き取られたらいかがかと存じますが」

光三はそれも一理あるかと納得し、しばらくは奄美への出張が自然に熟してくる時期を探ることにした。奄美への視察出張を早く手繰り寄せる狙いもあって、光三は滑り出しから意識的に仕事のピッチを上げ、本土内の視察なども急いだ。猛烈に動きまわる知事に常に随行する秘書課長の方が音を上げ始めたように窺われたが、気がつかないふりをしていた。