アパートへ帰ると博樹はキッチンにある萎れた彼岸花をまず捨てた。そして今日起こった事を整理するかのように思い出した。

「俺に必要な物、俺に必要な物……」

すぐには考えつかなかったので、参考までに他人に必要な物を聞いてみようと思った。今すぐに連絡が取れる相手は多枝子だけである。携帯でLINEを開き聞いてみた。

「多枝子様、あなたに今必要な物は何ですか?」

返事はすぐ返ってきた。「お父さんの笑顔」文面をじっと見つめしばし考え込んだ。グダグダ考えてる場合じゃない。ここで誠意を見せるんだ。お父さんのために、ひいては彼女のために。翌日、秀夫の病室に博樹の姿があった。

「いや、それがよぉぉ、弟のバカ鶏小屋に猫放り込みやがってよぉぉ。とんでもない大騒ぎ!さあ猫を捕まえろって、猫捕まらないものだから、鶏逃がせって!いやいや猫を追い出したら今度は、逃がした鶏を捕まえろって校庭中駆けずり回ってよ!その時の先生の顔ときたら……」

「ハッハッハ」

それほど面白い話ではなかったのだが、博樹の熱意が伝わったのか、秀夫は手を叩いて喜んだ。相手の反応がいいと話し手も気分がいいものだ。博樹も少しテンションが上がった。その時ちょうど多枝子が病室を訪れた。

「御神さん。来てらしたのですか?」

「おお!今日は仕事が休みなもんでよ」

決まった休みはなく仕事を入れていない日はほぼ休みだ。

「多枝子!御神君の弟が……はっはっはっは、ゴホッゴホッ」

笑った後、深く咳込んだ。博樹はまずかったかなと少し焦った。

「あ……すいません」

「お父さん横になって」

多枝子は秀夫に促して布団をかけた。

「ああ、今日は楽しかったよ」

横になって落ち着いた秀夫は、少し高いトーンで語った。

「ええ。こんな話でしたらいくらでもありますよ。そうだ!今度は隣町の健三の話しますよ」

「楽しみにしているよ」

期待されるというのも悪い気はしない。近いうちに来ようと決めた。

「じゃあ」

今日のところは切り上げることにした。多枝子と二人きりになった帰り路、何から話をしようか戸惑う博樹に対して話を切り出したのはまた多枝子だった。

「父のあんなに笑った顔。久しぶりに見ました」

そういう多枝子も、嬉しそうな安堵の表情にも見える笑顔を見せた。

「このくらいの事でしたらいつでも」

多枝子の喜ぶことならお安い御用と言いたかった。

「御神さんは私に必要な物をくださるのですね」

少し真剣なまなざしの笑顔で多枝子はこちらを見つめた。それに少し興奮して答えた。

「はい!なんなりと申しつけてください!私は多枝子さんの為なら……」

話を塞ぐように多枝子は語った。

「待って!私はあなたに何も返せません」

意表を突かれたように博樹はたじろぎながら

「いや……、何もいりません」

多枝子の気持ちが丸ごと欲しかったが、それを口にするのは下品な気がして博樹はそう返した。

「それでしたら、また甘えてもいいですか?」

「はい」

即座に答えた。

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