【前回の記事を読む】作品集「黒い花Ⅱ」より三作品

 

閻魔の前で1

有る女が進み出て言った、

青ざめてふるえる声で

私は男をだましました

1人だけでなく何人も

いえ、私はだますつもりなど

全然無かったんです

私はあくまでもその時の心のままに

振る舞っただけです

お前は知っておろうな、

異性を誘惑した罪は重いと?

どこの世界でもその罪は重いのじゃ

で? お前は誰と誰を誘惑したのじゃ?

あくまでも真実を述べるのじゃぞ

私は誘惑などしてません

とんでもありません

私がどうして異性を誘惑等しましょうか

私はただ私の心の命ずるままに

生きていたのです

誰も誘惑等していません

む? だけどお前は男をだましたと

言ったではないか?

ええ、言いました

だけどそれは警察でそう言われたので

多分私は男をだましたのだろうと

言っただけです

何? 警察に言われただけを言ったとな?

そうです ── 突然泣き出す

あの人達は何も私達のことを知らない人です

彼等は自分達の方程式を持っていて

それに全てをあてはめようと

私達の全ての関係もその式に

あてはめて考えるんです

ふむ、ふむ、だが彼等の方程式は

世間的に認められているものだぞ?

そうでしょう

だから私もそれに従わざるを得なかったんです

だけど私は思うに多分、私達の世界、

人間本来の世界から見れば

間違った方程式だと思うんです

何故間違っとるのかな?

私は誰も誘惑してません、唯私の好きな人を

心から慕って愛しただけなのです

閻魔は大きく息を吸って

悲しそうにつぶやいた

女がそうすると

とかく世の中狂ってしまうのだよ

何故です? 何がいけないんです

私だって人間です

愛したい人だっています

それを素直に表して何故いけないんです?

それが男をだましたことになるのでしょうか

誘惑したことになるのでしょうか

何とも私達女にとっては

理解できない世界ではありませんか?

閻魔大王、無言 ──悲しき顔しながら ──

写真を拡大 「丸ブラジャーの女」-油彩、F10ー