「沙羅多枝子」
彼女の方から連絡をくれた。少し慌てて周りを見回し、誰もいないのを確認してから電話に出た。別に誰に聞かれても困るわけでもないのだが。
「はい」
「沙羅ですが」
「えっ、あっ、はいはい」
嬉しさの余り少し戸惑った。
「あれ以来連絡いただけないので、どうしたのかと思いまして……」
意外な多枝子の言葉に、博樹は少し図に乗った。
(おっ! 会いたくて、会いたくて仕方がないのか? よ~~~し。キタキタ!)
多枝子はさらに話を続けた。
「お父さんが会いたくて、会いたくて仕方がないって聞かないのですよ」
博樹は固まった。
「お父さん????」
「ええ。お時間いただけませんか?」
話は呑み込めないが、彼女に会えることは確かだ。そう思ったら反射的に返答していた。
「あ、はい。今週の土曜日でしたらなんとか」
「じゃあ今週の土曜日、午前中にお願いします」
「分かりました」
そこで電話は切れた。思わず本音が口に出た。
「なんかおかしなことになりやがったな。まあいいか。とりあえず仕事……」
頭を整理するかのように雲を見上げた。