道子は昔から近所でも「怖い小母さん」で通っていた。兄妹の誰一人として、何かが欲しいと言って駄々をこねた者はいない。道子があまりにも恐ろしくて、欲しくても言い出せないのだった。

今思えば、長兄・高太郎は多動性障害があったように思うが、そんなことはお構いなしに、思う通りにならないと、道子は高太郎をガミガミと叱りつけていた。

それでも足りないと思うと、木材で檻のような物を作って、その中に高太郎を入れ、上からバケツの水を何杯も浴びせかけるのだった。はっきり言って、児童虐待だ。

こんな時、父親の栄介はどうしているかというと、道子と一緒になって高太郎に「お前が悪いからだ」と言いながら、水を掛けているのだ。そもそも木製の檻を作ったのは栄介である。

道子に高太郎についての不満をうるさく言われて、ならばということで作った檻である。

子供のことになると、栄介は道子の言いなりで、暴走する道子に対する防波堤になるどころか、一緒になって児童虐待を行っていたのである。子供達にしてみれば、父親不在の家庭と言っても良い。

次兄・信二が学友達と虫捕りに出かけて遅く帰ってきた時には、こんなこともあった。

「日が暮れるまでに帰るように言っているだろう。何度言ったら分かるんだ」

と道子は、信二を口を極めて罵り、玄関土間に正坐させ、有りったけの靴や下駄を信二に投げつけた。それでも気が収まらないと、台所から包丁を持ち出し、信二の胸ぐらを掴んで包丁を突きつけ、「親をなめるんじゃないよ。お前なんか、殺してやってもいいんだぞ」と脅し上げていた。道子を止める者は誰もいないのである。

清美には幼い時から、外で友達と遊ぶことを禁じ、家事を手伝わせていた。同じ小学校の女の子達が「清美ちゃん、遊びましょう」と言って誘ってくれるのだが、道子は清美を陰に呼び「断れ、いいな、断るんだ」と清美を脅し上げて、誘いを断らせていた。

清美の家では、子供達の誰もが恐ろしくて母親には逆らえなかったのだ。