黒猫

佐藤清美16歳、高校1年生。顔から火の出るような恥ずかしさに耐えて歩いている。というのは、ちょっとしたアクシデントに見舞われ、制服の半身が泥だらけになっているからだ。羞恥心旺盛な年頃の清美には耐えがたい屈辱のように感じられた。

学校からバス停までの間で、小雨が降る中、道路工事が行われていた。そのため、歩行者が通るべき場所には赤土が盛られている。清美は、ちょっと厄介な、嫌な感じがした。ぬかるみの中を慎重に目の前の通行可能な場所を選んで歩を進めていく。一歩一歩神経をすり減らしながら。その時一匹の黒猫が目の前を横切った。

(あっ黒猫!)

と思った瞬間、水を含んだ赤土に足を取られて盛り土の上に倒れ込んでしまったのだ。

この姿では、混み合うバスに乗るわけにも行かず、雨の中、2キロの道のりを歩いて帰ることにした。15分ほど歩いたところで、清美は声を掛けられた。声の方を見ると長沢という女子だった。彼女は、中学生時代のクラスメートの1人で、清美とはそんなに親しい訳でもなく、時々言葉を交わす程度の間柄だった。

清美は正直言って、変なのに出会ってしまったなという嫌な予感がした。それに、制服に付いた泥から水が沁みてきて、気持ち悪く、早く帰り着きたかったから、立ち話なんてしたくなかった。しかし、長沢は駆け寄ってきて、上機嫌な様子で話しかけてきた。

「佐藤さーん、お久しぶりね。元気?」

「ええ、まあね。長沢さんは元気そうね。貴女も学校の帰り?」

清美は、平静を装って答えた。

「ええ、そうよ。帰りのバスを待っているところ。でも、佐藤さーん、どうしたの? 泥だらけじゃない」

「ええ、途中道路工事があって、その上、猫が飛び出してきちゃって、びっくりしたら、泥の上に倒れていて、ご覧の通りよ」

と、清美は無理に笑みを浮かべた。

「ええ? 猫? ああ、そう」と言うなり、長沢はクスクスと笑い出し、止まらない。清美は笑われても仕方ないと思いながらも不愉快だった。やっと息を整えて長沢が詫びた。

「あら、ご免なさい。でも、悪いけど笑っちゃったぁ。だって、佐藤さんって、優等生だったじゃない。こんなドジするなんて思わなかったわ。でも、見直しちゃったぁ、親しみ感じるー。あっ、バスが来たわ。じゃ、またね」

長沢は満面の笑みを浮かべ、手を振りながらバスに乗り込んだ。清美は、泥まみれのために羞恥心で一杯の上に、それを長沢によってズタズタにされた感じがした。重い気持ちを引きずりながら帰路を急ぐのだった。