繰り返される「頑張る」論 平成二十六年二月十五日掲載

先日の『つらい言葉、頑張れ』というコラムや、十年以上前のひろば欄にも『全力をつくしている者に頑張れなんて言われると、弱った心をえぐられるようだ』とか、頑張れという言葉に対する議論が後を絶ちません。

元来、押し通してはいけないことを無理やり押し通そうとする、強情を張ることを「頑張る」と言っていました。語源的には「我を張る」「眼張る」で「頑」という字は当て字と言われています。

この頑という字が曲者(くせもの)です。訓読みでは頑(かたくな)で、「素直」の反対語です。心がひねくれていて頑固な様子、強情で片意地な様子、見苦しく劣っていて愚かで下品な様というふうに、悪い意味ばかりです。

頑張るとは「頑なに強情を張る」と解釈したらどうでしょう。

明日をも知れぬ病人に「頑張れ」。ビリを走るランナーに「頑張れ」。入試前、自信のない子に「頑張れ」。これは「無理をしろ、今以上の力を出せ」っていう悲しい言葉だと武田鉄也さんは言っています。一二〇%の力は出せません。

英語では「ベストを尽くせ」「ファイト」くらいですが、最も理想的な言葉は「リラックス」です。「リラックス」と声をかけてあげてたら、五輪のメダルが増えたかもしれません。

究極の努力論 平成二十六年三月二十七日掲載

日本人は努力という言葉が好きです。生徒に「努力すればできないことはない」と先生はよく言います。「努力は人を裏切らない」「練習は嘘つかない」という言葉もよく耳にします。

親や教師は「やればできる」と言って子どもを励まします。しかし、子どものやる気を引き出すのは容易ではありません。大人はやれば(努力すれば)何でもできると解釈して使っていないでしょうか。

やればできるとは「やればできることがたくさんある、やらなければ(努力しなければ)できることは何一つない」そんな意味で子どもを励ましたいものです。また、努力にも正しい努力と誤った努力があることも事実です。

将棋の羽生名人は、「何かに挑戦したら確実に報われるのあれば、誰でも必ず挑戦するだろう。報われないかもしれないところで、同じ情熱、気力、モチベーションをもって継続してやるのは非常に大変なことであり、私は、それこそが才能だと思っている」、つまり「報われないかもしれない努力をできることが才能」と言っています。

四十歳になったイチロー選手が、ヘボなジラルディー監督がなかなか使ってくれない不遇に耐え、努力している姿に感動します。新入学、新社会人の若者に真の努力を期待します。

* 何度も言いますが、「努力は人を裏切り続ける」のです。練習は噓をひたすらついています。しかし、諦めずに継続すること
によって、実現の可能性が1%でも生まれてくるのです。

※本記事は、2018年7月刊行の書籍『日本で一番ユーモラスな理科の先生』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。