海の絵

海沿いの鉄路を走る特急電車の窓ガラス越しに見る晩夏の海原は紺碧と、にび色を混ぜ合わせたように見せながら重く沈黙を保っているかのようにも思わせた。

それなのに、その中心辺りには、夕の陽すじが水平線の彼方から波打ち際近くまで真っ直ぐに太い直線を引くかのように長く伸ばして、オレンジ色に美しく輝いていた。

夕陽が水平線の彼方に消える前の束の間の光景を眼裏に焼き付けたくて、美子(みこ)は、ずっと以前から、この時間帯に電車に乗るのが殊のほか好きであった。

「でも、この美しい光景を眺めるのが好きなのは、わたしだけではなく短歌や詩を趣味とする人の癖のようなものかもしれない。でも詩を作らなくても、歌を詠まなくても誰もが心を癒す、ひとつの手段になってくれるような気がする。ほかの方たちは、どんな思いで、この類希な美しい光景を眺めているのだろう。まして、居眠りをしたり俯いて本を読んでいたりするなんて、わたしには到底考えられない……」

と思いながら美子の閃いた三十一字は、

群集の中の孤独を思はせてひたすら走る特急列車

であった。その後、「この神秘的とも思える光景を眼裏に残したまま家に帰り、車窓の向こうに広がる海原を見ていたことを思い出して、わたしは思考の底へ辿り着くのは確かだ……」と思いながら、美子は車窓のガラスに頬をくっつけるようにして海の方を見ていた。

その時、数羽の海鳥が翼を大きく広げて翔けて行くのが見えた。美子は咄嗟に、

車窓(まど)に見る晩夏の夕陽海鳥の広げし翼つばさを鮮明にする

という一首を、脳裏に浮かべた。

暫くして、電車は短いトンネルをくぐり抜けたが、其処を過ぎると雑木が並び立っているような小高い山が現れ、景色は一変した。

「もうすぐ、あの夕陽は沈むであろう。そして黄昏か……と、考えながら物思いに耽ることも、わたしには貴重な時間だ。でも、間もなく電車は白浜駅に着くであろう」と、思いながら美子は、腕時計に目をやった。

美子は、「五時十五分発の特急に乗れば、きっと、あの辺りで夕陽が見られるであろう」と、家を出る前から計算していたから、和歌山駅に近いデパートの一階で秋物のブラウスなどを買い求めた後、ステーションデパートのエスカレーターを利用して三階まで行き、文房具や本などの買物を済ませた。