病院では、既に意識を失って危篤状態にある母の淑子と、彼女に付き添っている父の修治が、純平が東京から帰ってくるのを待っている。淑子はまだ七十四歳、平均寿命にはまだ十年以上もあるのだが、昔から心臓が弱く、六十歳を過ぎてからは何度か入退院を繰り返していた。

この夏、久しぶりに妻子と一緒に帰省した時は元気に郷土料理で迎えてくれたのだが、秋風が吹く頃にまた入院してしまい、その後退院はしたものの、幾つかの内臓疾患を併発してすっかり弱ってしまったのである。

昨夜、修治から「母さんが意識を失うた。もしかしたらダメかも知れん」という電話を貰い、純平は朝一番の飛行機で帰省してきたのであった。

姉の真砂子は商社の現地法人副社長である義兄と共にドイツのデュッセルドルフにいる。夏の帰省ではこの姉とも何年かぶりに顔を合わせたが、その時淑子は「この次にあんたら二人が揃うのは、私の葬式の時やろねえ」と笑っていた。

本当にそうなってしまうのかも知れない。

真砂子からは「大分に着いたら、お母さんはどんな様子なのか知らせて。状況次第では私もすぐに帰国する」とメールが届いている。

病室のドアを開けると、すぐに修治と目が合った。修治の隣のパイプ椅子には、淑子の妹である香織叔母さんが腰掛けている。

「ああ、純ちゃん、よう帰ってきたねえ」

「おばちゃん、お世話さまです。うん、朝一番の便が取れたけんな、良かった。母さんはどげな具合ね?」

純平からはすんなりと大分弁が出てくる。修治が鼻の穴に酸素を送るパイプを繋がれている淑子のほうに再び視線を落としたまま、純平に対する説明を口にした。

「昨日の晩飯の途中にな、なんか気分が悪いち言い出しての、ちょっと横になったんや。俺が飯食い終わって行ってみたら、初めは眠っちょるんかと思うたけど、なんか様子がおかしい。顔色が悪りいし、息が荒うてのう。何べん声を掛けても目を覚まさん。こりゃいかんち思うて、救急車を呼んだんや。それからまだいっぺんも気がつかんままや」

「お義兄さんが連絡してくれて、うちも今朝早うに来たんやわ。なんかお医者さんが言うには、心臓だけやのうて腎臓もえらい弱っちょるんやて。この夏までは元気にしちょったんやけどねえ」