一九八九年 春 ―京都―

山の中腹にちらちら火が燃え始めたかと思うと、ほどなくそれが「大」の文字の形に整い始めた。観光客も多いのであろう道端の見物客のざわめきが大きくなる。この時間帯、京都盆地は昼間の熱気をたっぷりと溜め込んだままだ。その蒸し暑さといったら耐え難いほどだが、この夜ばかりは闇に浮き上がる文字の眺めに、誰もが一瞬その暑さを忘れてしまう。

この後、松ヶ崎西山の「妙」、東山の「法」、西賀茂の船形、大北山の左大文字、曼荼羅山の鳥居形と点火は続くのだが、純平はそこまで粘ることをせず、「大」の字が崩れてきたのを確かめると、早々に下宿に戻った。元々人混みはそれほど好きではない。

もうひと頑張りしようと思うが、その前にコーヒーでも淹れようと純平は電気ポットのスイッチを入れた。テレビを点ける。今夜はプロ野球のナイター中継はやっていないらしい。天気予報の後、ローカルニュースが始まった。

「……時頃、京都市左京区岡崎の丸太町通りで、軽自動車がガードレールを突き破って歩道に突っ込むという事故がありました。警察は道路交通法違反の疑いで七十代の運転手を逮捕し、事情を聴いていますが、アクセルとブレーキとを踏み間違え……」

耳に入ってきたアナウンサーの声に、アクセルとブレーキなんて明らかに位置が違うのに、踏み間違えるもんなのかな……と考えながら画面に目をやった純平だが、次の瞬間、目は画面に吸いつけられた。

画面には、ガードレールをぐしゃぐしゃに潰して歩道に車体の半分以上も突っ込んでいる軽自動車が映っている。その車の先には当然建物があるのだが、その建物には見覚えがある。相国寺が住んでいた学生マンションだ。地元出身者で相国寺という名字から、それこそ相国寺門前町にでも住んでいるのかと思っていたら、本人から、

「江戸時代の末期に先祖は宮津に引っ込んだらしいわ。幕末の混乱を避けて逃げ出したんちゃうかな。宮津から通うのは無理やから、大学の近くにマンション借りてるんや」

と聞かされ、部屋を見せて貰ってそのリッチさが羨ましくなったものだ。それから何度彼の部屋でバレー談義をし、書物や音楽について語り合い、酒を飲み、シャワーを使わせて貰ったことか。

「幸い、この事故で人身被害を受けた方はおらず、運転者は複雑骨折で全治三ヶ月……」

そうか、車にぶつけられた人はおらんかったんか、そりゃ幸いやった。ガードレールや車のフロントのあの潰れ具合から考えたら、人がおったら命が危なかったやろうな。玄関の真ん前やないか。もしちょうど相国寺が出入りしてるとこやったら……。