「智洋はさ、専業主婦だけど、いつも家に居て、夫の帰りを待ちなさい、出迎えなさい、なんてバカなこと言う亭主じゃないわよね、生駒さん」と、智洋の同級生で仲の好い吉野(よしの)寿()()が、羨ましそうな顔をしていたのは、一月の新年女子会のときだったか。そのとおりである。

「最初にさ、ヒロから聞かされたときは、なんじゃい、それは、って驚いたけど。もうじき五十のおっさんにメッチャ口説かれてるって言うんだもん。キモって思ったものよ、ホント、どんなやつだろって。生駒さんに実際に会ったら、ねぇ……」と大袈裟に眉を顰めながらも笑い顔だったのは大竹(おおたけ)純子(じゅんこ)

吉野寿美のスミ、大竹純子はジュンコだったがスミコとも読める、そして旧姓・角智洋は姓のスミで、三人に共通する「スミ」から「トリオ・ザ・スミ」と勝手に称し、中学校入学の瞬間からの友人関係、いまでは十年以上になる。そのうえ、三人は皆、さそり座の女でもあった。純子が十月二十五日、智洋が十一月九日、寿美が十一月十四日でわずかな差しかないが、純子は何かとリーダーっぽく振る舞いたがった。智洋も寿美も一人っ子だった。純子には妹がいて、そのせいもあった。

夫のことを、彼女たちも「生駒さん」と呼ぶ。親しみを込めてのことだと承知しているが、智洋は、ほんの少し複雑な気持ちだ。夫を独占する妻の特権を、少しだけ侵害されたような……まあ、そんな心の狭い女房なら、あのひとに嫌われるかも。

心が広いという表現が適切か、智洋には自信がない。しかし、夫の生駒には、物事を常に俯瞰する癖がある。おおむね長所と呼べるのではあるが、ときおり、偏見的な速断を避けようとするあまりなのか、優柔不断な面もあると智洋は思っている。それに、少し、ほんの少し、諦めのよいところがある……いや、その言い方は正しくないかも。ダメなモノはダメ、という確固たる信念なのかもしれないけれど。頑固なだけか。齢を重ねると人は頑なになる……。

ちょっと違うな、あのひとは結婚前、突発的な用事でデートに遅れたわたしを一時間も待っていた。ふだんから時間にウルサイ性格なのに。「だって、約束したから」と、あっさり応えた。待つと決めたら待つひとなのだ。ただ、なかなか、そういう決断をしないひと……かもしれない。

どちらにしても、狼狽という言葉は似合わない。なのに、あの写真を見せたときの生駒さんは、明らかに慌てていた、それも、かなり……。

前日の、マダムからの電話は夕飯の支度の途中だった。パソコンを最近買ったが、五十の手習いで、取扱説明書がちっとも理解できない、「サルでもわかるような」手引きガイドはないか、と尋ねられた。生駒がコンピューター関連の、いわゆるIT企業の社長と知っていてのことだろう。

いったんは「かれが持っている本は、かなり高度で専門的だから、初歩的なものはない」と断ったのだが、「一冊くらい、なんか、あるでしょう」と事もなげに返され、マダムのお願いだから仕方ないや、と応じた。お金持ちのマダムなら、ほかに幾らでも頼り先はあるだろう、とは思ったのだが。

その直後に、生駒から帰宅が遅くなるとの連絡。食事は要らないと言われたが、カレーライスはほとんどできあがっていた。自分のためもあって、完成させ、ひとりで夕食を済ませた。食後のコーヒーでまったりしていたが、マダムのお願いが気になり落ち着かず、無駄を承知で夫の書斎を覗いてみた。

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